Coincheckを立ち上げた当時、私たちが持っていたのは、まだ仮説だけでした。

プロダクトをリリースし、少しずつ現れるユーザーの反応や取引の動きを観察する中で、自分たちの仮説の精度を高めていく。その繰り返しが、日々の営みそのものでした。

新規事業において私が重視しているのは、外部環境を冷静に見極めることです。このときも私は、次の4つの軸から外部環境を分析し、戦略を構築していきました。

1. 参入タイミングは適切か?(海外市場の動向)

2014年当時、アメリカでは2013年にCoinbase社の評価額は約4億ドルに達し、3,000万ドルの資金調達に成功したと報じられました。

新規ユーザー数も取引高も、右肩上がりに推移していました。同時期に、Kraken社はシリーズAラウンドで約5億円(500万ドル)を調達。

こうした事実から私たちは、「仮想通貨市場は世界的に立ち上がりつつあり、今はまさに取引所を始める好機である」という仮説を持つに至りました。

2. 国内で参入タイミングは適切か?(国内の法規制と制度動向)

日本国内では、Mt.Goxの破綻を受けて、2014年6月19日に自民党が「ビットコインをはじめとする『価値記録』への対応に関する中間報告(案)」を公表しました。

私はこの中間報告を取りまとめていた議員をTwitter(現X)で見つけ、ダイレクトメッセージで面会を依頼しました。実際にお会いして話を聞いたところ、明確な法規制はまだ存在せず、制度はこれから整っていく段階であること。そして政府としてビットコインを違法と見なす考えは現時点では低いという見解を得ました。加えて、今後のルール整備にスタートアップとして関わっていける余地も感じました。

このような状況では、大企業はレピュテーションリスクを恐れて動けません。その分、スタートアップにとっては大きな先行者利益を狙えるチャンスがあると考えました。

私たちは、「制度は未成熟だが、今後、違法化する可能性は低い。整備の過程でポジションを取ることができれば、将来に向けて強い優位性が築ける」という仮説に至りました。

3. 参入角度は適切か?(FX市場からの教訓)

過去のFX市場の勃興と淘汰の歴史は、暗号資産市場を見極める上で有益なヒントを与えてくれました。

市場が立ち上がる初期には、多くの企業が雨後の筍のように参入します。しかし、規制や業界構造の変化に柔軟に対応できた企業だけが生き残るのです。

特に印象深かったのは、FX市場では、潤沢な資本を持つ銀行や証券会社が参入したにもかかわらず、規制の網に縛られて撤退を余儀なくされたケースです。その一方で、UXに優れた独立系のFX専業企業が柔軟に対応し、業界の中心的存在になっていきました。

私たちは、このアナロジーは、仮想通貨市場にも当てはまると思いました。すなわち「大手は規制との距離感から動きが遅れる。だからこそ、今なら暗号資産特化型のスタートアップが先行者優位性を築ける」と考えていました。

4. 参入角度は適切か?(国内の競合環境)

当時すでに、bitFlyer、etwings(後のZaif)、BTCBOX、bitbankといったプレイヤーが存在していました。

私たちはそれぞれのサービスを実際に使い込み、創業者とも会い、競合の強みと弱みを分析しました。資本力や社会的信用力では、私たちは明らかに劣っていました。

けれども私たちには、「優れたUX」「爆速の開発力」「市場の変化に即応する柔軟性」がありました。

私たちの仮説は明快でした。

「プロダクトの速度と品質で10倍の差をつければ、後発でも十分に勝てる」

こうした仮説群をもとに、私たちは腹をくくりました。

「この事業は、市場の規模、タイミング、参入角度、いずれをとってもおそらく正しい。ただし、成長のタイミングは外部環境次第で、自分たちではコントロールできない。成長のタイミングは、来年かもしれないし、10年後かもしれない。これはわからない。だからこそ、10年やり抜く覚悟がいる。
それでも、人生を賭ける価値のある市場だと思えるのなら、やるしかない」

資本の乏しいスタートアップにとっては、結局のところ「何に賭けるか」がすべてです。

私たちは、「暗号資産市場の急成長は数年以内に訪れる」と仮説を立て、その未来に賭けることにしました。

当時は、それが正解なのかどうかもわからず、不安と背中合わせの毎日でした。ここから10年にわたる私たちの長い旅がはじまるのでした。