投機的円売り以外の多くの理由は「?」
7月にかけて161円まで広がった米ドル高・円安を正当化したのは、投機筋の記録的な円売り拡大だった(図表1参照)。その拠り所となったのは、大幅な金利差円劣位の長期化という短期売買を行う投機筋にとって、円買いには決定的に不利な一方、円売りには圧倒的に有利という条件だったのだろう(図表2参照)。
その一方、円安が長期化する中で、円安を都合良く後付けするだけの「間違った円売りの理由」もまことしやかに語られたのではないか。円安が一段落したことを受けて、円売り理由としては「間違い」だった可能性のあるものについて、念のため確認してみる。
<その1>日本の為替介入は国際ルール違反?
為替相場は市場で決まるのが原則だ。このため、日本の通貨当局による為替市場への介入は、相場操縦(manipulate)であり本来は違反行為であることからいずれできなくなる。そのような考え方から、介入に対して否定的で、円売りの障害にはならないとの指摘があった。こうしたこともあり、5月に米イエレン財務長官の「為替介入は極めてまれであるべきだ」という趣旨の発言が日本の介入をけん制したものと受け止められると、「今後介入はできない」と見て円売りが一段と勢いづく一因となったのだろう(図表3参照)。
ただし、為替介入の全てが相場操縦とみなされるわけではない。自国通貨安に誘導する介入(日本の場合なら円売り介入)は、自国の輸出競争力を優位にするための近隣窮乏化政策の疑いありとして厳しく監視されるが、通貨安阻止、通貨防衛の介入は基本的な権利として認められている。これについては、6月に米財務省の為替報告書の公表で改めて確認されるところとなった。
<その2>円の通貨危機説?
円安が長期化する中で、「実質的に通貨危機が始まっている」という指摘まで出てきた。通貨危機の理由は様々だが、最大の要因はやはり経常赤字だろう。経常収支のファイナンスを外国資本に依存する割合が高くなると、その外国資本の流出によって通貨の下落は止まらなくなる=これが典型的な通貨危機だろう。この観点で言えば、日本は経常赤字どころか2023年度には過去最大の経常黒字を記録した(図表4参照)。こうした中で通貨危機が起こることはまず考えられない。
問題は、「過去最大の経常黒字を記録しながら、なぜ円安が止まらなくなったのか?」ということになるが、これに対する1つの回答は経常黒字の主役が第一次所得黒字であり、その多くが海外で運用され、国内への還流により円買いに貢献する度合いが低いということがあるだろう。その上で、貿易・サービス収支は2022年度に赤字が激増し、「日本経済の構造変化が止まらない円安の一因か」として注目を集めた(図表5参照)。
ただし、2022年度の貿易・サービス収支赤字激増の主因は、世界的なインフレと原油価格高騰などを受けた輸入の循環的な急増だった。この輸入が減少すると、2023年度以降は貿易・サービス収支赤字も大きく縮小した。以上のように見ると、経常収支の観点から、日本が通貨危機に追い込まれたという指摘には無理があるだろう。
<その3>ファンダメンタルズに沿った円安?
円安阻止介入に動いた日本の通貨当局が、「あまりに投機的な動き」と指摘したのに対し、マーケットには「ファンダメンタルズに沿った円安だから介入でも止められない」との指摘も出るようになった。ファンダメンタルズも様々だが、その1つに金利差があるだろう。2024年に入ってから、金利差と円安のかい離が拡大し、それは5月以降異例なほどに急拡大した(図表6参照)。これを見て、「ファンダメンタルズに沿った円安」というのも無理があっただろう。
以上、歴史的円安が展開する中で「円売りの理由」とされたものについて振り返ってみた。大幅な金利差円劣位の長期化に伴う投機筋の円売りは合理的ではあるが、それ以外については円安を都合良く後付けするだけのものでしかなかったかもしれない。円安が一段落した後になると、これらが「間違い」だったことがよく分かるのではないか。