相続税の申告は複雑で、実際に親族が死去してから手続きをしていては、相続税の申告期限(死去から10ヶ月)に間に合わないことや、遺された家族の間でトラブルになることがある。本稿では、生前にするべきこと、逆にお勧めできないことを解説していきたい。

小規模宅地等特例を使えるかチェック

小規模宅地等特例とは、被相続人(死去した人)の自宅宅地などの相続税評価額を80%減額できる措置だ。夫名義の自宅に、遺された妻や同居している子どもが引き続き居住する場合、あるいは賃貸から子どもが引っ越してくる場合、相続税が高いと、自宅を売却してでも支払い原資を確保しなければならないケースがある。本特例は、このような事態を防ぐことができる。

さらに、この特例を使えば、預金と自宅を併せた相続税課税価格が相続税基礎控除(3000万円+600万円×被相続人数)を下回り、相続税の支払いが不要となるケースもある。

有効な節税策である本特例だが、条件によっては使えないことがある。以下では、本特例を使うに当たっての注意点を紹介したい。

死去した人は施設に入所していなかったか

本特例を受けるためには、被相続人が死去直前までその家に住んでいたことが必要だ。体が弱って、老人ホームなどに入所していた場合は特例を受けられない。近年は、終の棲家として、体が動くうちに施設に入所するケースもあるので、要注意だ。ただし、被相続人が要介護認定や要支援認定を受けていれば特例を受けられる。

2世帯住宅の構造は?

本特例は、被相続人と子どもが暮らす2世帯住宅の宅地にも適用できるが、構造によって特例の適否が分かれる。

本特例が受けられる2世帯住宅とは、内部や外階段で行き来でき、同居している色合いが強い構造である。2世帯住宅でも、1階は母親の居宅、2階は子ども一家の居宅でそれぞれ独立し、お互いの世帯を行き来できるようなドアや階段がないと、別個の家とみなされ、本特例を受けられない。

税務署は、相続税申告で小規模宅地特例等を適用した案件については、登記や家の図面を見て、特例を適用可能な案件か確認を行い、場合によっては実地調査もする。特例が適用できる構造か、税理士と確認したい。

賃貸に出していなかったか

被相続人の死去前に長期入院や施設入所により空き家になった自宅を賃貸に出す、あるいは、死去後に空き家になった自宅を賃貸に出せば、 特例は受けられない。

宅地面積は100坪以内か?

特例が受けられるのは、自宅のみの場合は330平方㍍、つまり100坪までだ。筆者の事務所のある東京都多摩地区では、100坪超の宅地も珍しくない。今一度、面積の確認をしたい。

こうした条件は適用要件の一部に過ぎない。税理士に相談して、適用の可否、対象面積を確認したい。税理士に依頼せず、自分で相続税申告する人もいるが、筆者の税務署勤務時代の経験で言えば、小規模宅地等特例を知らずに多額の相続税を支払ってしまう事例も珍しくない。また、本特例を受けられる条件をクリアすれば、自動的に相続税評価額が減額されるわけではない。減額には、税務署への相続税申告時に特例の申請書も併せて出すことが必要だ。やはり、税理士に本特例の適用可否を含めて、相続税申告を依頼することをお勧めする。

生前贈与より相続を

生前に、孫の教育資金を出すことや、子どもの住宅購入費に充てるために贈与をする世帯もあるだろう。贈与税には、大きく分けて、毎年110万円超の贈与分に累進税率で課税する「暦年課税」、贈与財産総額2500万円超の部分につき一律20%で課税する「相続時精算課税」がある。相続時精算課税では、贈与者が死去した後、贈与財産を相続財産に加算し、既に支払った贈与税があれば精算する。

相続税は累進課税なので、贈与税率の方が低くなり、節税につながるケースもある。また、上記のような教育資金や住宅購入、さらには結婚資金の贈与には一定の非課税制度もある。こうしたことから、富裕層を中心に生前贈与を使った節税策も使われている。

しかし、筆者は、節税目的の生前贈与は勧めていない。筆者のクライアントで、「生前贈与でお金を渡した途端に、子どもが冷たくなった」という愚痴を聞いたことは一度や二度ではない。親の死去後、きょうだいの誰か一人に生前贈与で資金援助していたことが判明すると、遺産分割の時にもめる。なお、生前贈与によってきょうだい平等に資産を分け与えることは現実的ではない。

死去後に、相続によって資産を分割し、贈与税よりは多少高くなっても相続税を支払うのが、逝く人、遺された人にとってベターな選択肢であろう。

デジタル通帳・証券口座は目録に

最近では、預金通帳や生命保険証書のペーパーレス化が進み、クレジットカードもスマホアプリで完結する。ネット証券の口座もスマートフォンやパソコンの中だ。親の死去後、預金や生命保険の所在が分からないと、葬式代の支払いもままならない。

筆者の経験では、通帳を残している世代の相続でさえ、相続税申告期限までに、相続財産を把握しきれず、後で見つかった預金や証券の相続を修正申告する事例がある。筆者は、相続税申告書類の相談に対しては、常々「新たな資産や借金が見つかり、修正申告する可能性がある」と伝えている。

預金や証券などの相続は金融機関で煩雑な手続きが待っている上、遺言書や遺産分割協議書がなければ、余計に手間と時間がかかる。預金や証券などのデジタル資産の所在を目録にし、余裕があれば遺言書も用意したい。

デジタル資産といえば、今後は暗号資産の相続も増えてくるだろう。暗号資産を相続時に換金すると、暗号資産そのものへの相続税に加えて、値上がりしていた場合には譲渡所得税もかかる。詳細は省くが、不動産などの相続において認められる「取得費加算の特例」が、暗号資産には認められないからだ。相続時の暗号資産の価値と同等の相続税・所得税支払いが発生するリスクもある。