◆海外ではケンカを吹っ掛ける時、相手の母親を侮辱する悪口を言うことが多い。典型例は「サノバビッチ」だが、英語でもスペイン語でも(そしておそらく他の言語でも)同じ表現がある。それがいちばん相手にダメージを与える効果的な言葉だからだ。 もとの意味を離れて「クソっ!」とか「畜生」とか、誰かに向かってではなく単に悪態をつく場合でも使われる。それほど多用されるスラングである。

◆ところが日本語ではこれに相当する表現がない。母親を侮辱するという意味では「おまえの母ちゃん出べそ」くらいだが、「サノバビッチ」とは比べ物にならないほど軽い。 また、文字数が多く一息で言い切れないため、本当に激高して相手を罵る場面で「おまえの…」が使われることはないだろう。だから沖縄県石垣市議会での発言も、たいした意図があったわけではないと察しがつく。

◆石垣市議会の一般質問で、野党議員が質疑の途中で市長から「おまえの母ちゃん出べそ」と言われたと述べ、市長は「言っていない」と反論。 「言った」「言わない」と騒然となり約3時間にわたり議会が中断した。石垣市は自衛隊の「南西シフト」の舞台でもあり、こんな低レベルなことでもめている場合ではないとの批判も出た。当然である。

◆近年、政治家の軽く、不用意な発言が目立つ。議員は国民や市民の代表であるという意識が希薄なのだろう。自分の言葉が、自分を選んでくれた人の言葉を代弁するのだという民主主義の根本を理解していない政治家が多すぎる。遠く離れた石垣島の話ではない。日本の首都、東京の首長を決める選挙戦に嘆息する毎日である。

◆先週、開かれたバイデン大統領とトランプ前大統領による1回目のテレビ討論会。米国の大統領の座を争う討論の場でさえ酷い悪口の応酬となった。バイデン氏がトランプ氏に向かって「妻が妊娠中にポルノ女優と関係をもったくせに」と非難すると「していない」とトランプ氏が否定。 石垣市の「出べそ」と「言った」「言わない」を上回る低俗で下劣な話だ。洋の東西を問わず政治家の言葉の劣化が甚だしい。それは民主主義の危機そのものである。