米ドル高から米ドル安への転換
2022年11月、米ドル/円の取引は148.6円で始まった。10月21日に記録した151.9円というそれまでの米ドル高値からは3円程度下落していたものの、米ドル高・円安トレンドが終わったと考えている向きは、この頃まだまだ少なかっただろう。ところが、そんな見方は11月10日を境に一変した。
この日、米10月CPI(消費者物価指数)が発表された。前年比上昇率は、予想の7.9%に対し結果は7.7%と下回った。すると、146円台半ばで取引が始まっていた米ドル/円の売りが急拡大し、その日のうちに140円割れ寸前まで急落した(図表1参照)。これがその後「CPIショック」と呼ばれることとなった動きだった。
それにしても、1日で約6円もの米ドル急落はなぜ起こったのか。1つの要因は、この当時のCPI発表の相場に対するインパクトの大きさだろう。約40年ぶりの歴史的なインフレが展開する中で、その対策としてFRB(米連邦準備制度理事会)が続ける大幅利上げは、当時の為替相場において最大の変動要因だった。このため、代表的なインフレ指標であるCPIの結果は、予想より強ければ3円以上の米ドル高をもたらし、逆に予想より弱い場合は3円以上の米ドル下落をもたらすというインパクトを繰り返していた。その意味では、この日の予想より弱いCPIの結果を受けて、米ドルが145円を大きく割り込み急落したのは当時のパターン通りだった。
米ドル下落幅が3円どころか6円とほぼ倍に拡大したのは、テクニカル要因もあったのではないか。当時の米ドル/円は、日本の通貨当局による米ドル売り介入により10月21日に151.9円から急反落となって以降は、約20日間に渡り145~150円中心の方向感のない展開が続いていた。そんなレンジ相場を、CPI発表をきっかけに米ドル「下放れ」となった。長く続いた小動きで溜まったエネルギーの発散により、「CPIショック」の米ドル急落は一段と広がるところとなったのだろう。
米金利とかい離した2022年の米ドル/円急落、行き過ぎた米ドル買いポジションの類似
この「CPIショック」を境に、米ドル/円はそれまでと打って変わって一段の下落に向かった。その中で興味深かったのは米金利とのかい離だ。151円までの米ドル/円の上昇は、米2年債利回りの上昇とほぼ重なって推移していた。米2年債利回りは金融政策を反映する金利。つまり、当時の為替相場における最大の変動要因が歴史的インフレ対策の米大幅利上げという意味では、両者の関係は全く理にかなったものだった。ところが、「CPIショック」以降は、高止まりする米2年債利回りを尻目に米ドルは急落にまい進するところとなった(図表2参照)。
このような米金利からかい離した米ドル急落をもたらした要因の1つは、米ドル買いポジション手仕舞いだったのではないか。151円まで米ドル/円が上昇した中で、為替市場は米ドル買い・円売りポジションに大きく傾斜していたと見られた。そんな米ドル買いポジションは、米ドルが急落に転じた2022年11月以降急縮小に向かった(図表3参照)。
個人投資家は、基本的に年末までにポジションの損益を確定する。そんな年末に向かうタイミングで米ドルが急落に転じた。そうなると、米ドル買いポジションを抱えた投資家にとっての最大の関心は、少しでも高いところで米ドルを売り、損益を確定するということになったと考えられた。そうなった時、日米金利差なども米ドル下落の歯止め役にはならなくなってしまったわけだ。
以上、1年前に米ドル高から米ドル安へ急変するきっかけとなった「CPIショック」を中心に振り返ってみた。米ドル/円が一本調子の上昇で150円を越えてきた中で、大量の米ドル買いポジションが発生しているという構図は、最近も1年前とほぼ同じではないか。この米ドル買いポジションの動向次第では、1年前のように米ドル高から米ドル安への転換が起こる可能性もあるのではないか。