バイオテクノロジー、最近の市場動向とは

バイオテクノロジーとは生物の持つ働きを利用する技術のことです。酵母など微生物の働きを使ってつくる発酵食品をはじめ、人類は遠い昔からこの技術を利用してきました。

バイオテクノロジーを使った医薬品は1980年代に相次いで実用化されています。1970年代に遺伝子組み換え技術が確立され、医薬品に応用するケースが飛躍的に増えたのです。

先端技術の分野では中国の追い上げがすさまじく、バイオテクノロジーも例外ではありません。米国ではバイデン政権が2022年9月に大統領令を出し、この分野の競争力を高める方針を打ち出しています。

今回ご紹介する5銘柄は、インターコンチネンタル取引所(ICE)のバイオテクノロジー指数をベンチマークとするiシェアーズ・バイオテクノロジーETF(IBB)の構成上位銘柄から選んでいます。バイオ医薬品関連の銘柄が上位を独占しています。

5銘柄はいずれも創業が1980年代。バイオ医薬品産業の勃興期に創業し、厳しい競争を勝ち抜いてきた企業ばかりです。しかも創業者や初期の経営トップがビジネスマンではなく、医学や化学の研究畑出身という点も共通しています。現在では時価総額が大きく、市場でも高く評価されているだけに特定分野に圧倒的な強みを持つ銘柄が多いようです。

【図表1】iシェアーズ・バイオテクノロジーETFの保有上位10銘柄(2023年8月11日)
出所:iシェアーズ

今後、事業拡大が期待されるバイオテクノロジー関連銘柄5選

アムジェン[AMGN]、「バイオ産業の父」が企業の礎を築く

アムジェンは1980年に創業しました。専門知識が豊富ではないベンチャーキャピタリストの漠然としたアイデアで設立されたと伝わっており、当初の従業員はわずか3人でした。方向性なども定まっていなかったのですが、経営トップに招いた人材が極めて優秀で、企業を形作ったようです。

その人材こそ初代の最高経営責任者(CEO)に就任したジョージ・ラスマン氏です。米プリンストン大学で物理化学の博士号を取得したラスマン氏は、医薬品大手のアボット・ラボラトリーズ[ABT]の診断薬研究開発部門のトップなどを歴任した後、アムジェンに加わりました。

方向性のなかった企業経営に方向性をもたらし、短期間で成果を上げます。1983年には台湾出身の若い研究者率いるチームがエリスロポエチン遺伝子を検出し、クローニング(同一の遺伝子構成を持つクローンの作成)にも成功します。この発見が貧血治療のバイオ医薬品「EPOGEN(エポジェン)」として結実します。

さらに1985年には、別のチームが顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)のクローニングに成功し、血中の好中球数が減少する好中球減少症の治療薬「NEUPOGEN(フィルグラスチム)」の開発に繋がります。

アムジェンは創業5、6年で画期的な発見を通じて、2種類のブロックバスター(年間の市場販売額が10億ドルを上回る製品)を生み出す道筋をつけました。バイオ医薬品産業の黎明期に歴史的な成果を上げたラスマン氏は時に「バイオテクノロジー産業の父」とも形容されています。

エポジェンとフィルグラスチムは現在も販売されていますが、世代交代もあり、主役というわけではありません。

現在、売上高が最も多いのは関節リウマチ治療薬の「ENBREL(エンブレル)」で2022年12月期の実績は前年比7.8%減の41億1700万ドルで、売上高全体の15.6%を占めています。第2位は骨粗しょう症の治療薬「Prolia(デノスマブ)」で、売上高は11.7%増の36億2800万ドルに伸びています。

エンブレルとデノスマブを含め年間売上高が10億ドルを超えるブロックバスターは9種類あり、国内外での販売を着実に伸ばしています。

【図表2】アムジェン[AMGN]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表3】アムジェン[AMGN]:株価チャート
出所:トレードステーション

バーテックス・ファーマシューティカルズ[VRTX]、嚢胞性線維症の治療薬を開発

バーテックス・ファーマシューティカルズは1989年の創業です。創業者はハーバード大学で化学の博士号を取得したジョシュア・ボガー氏とベンチャーキャピタリストのケビン・キンセラ氏です。

現状で売上高を立てている製品は「Trikafta(トリカフタ)」など4種類で、すべて嚢胞性線維症の治療薬です。嚢胞性線維症は遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝病で、白人に高頻度でみられるということです。

2022年12月期の売上高は「トリカフタ」が前年比34.9%増の76億8700万ドルと圧倒的に多く、売上高全体の86.1%を占めています。主な供給先は北米、欧州、オーストラリアで、30ヶ国以上で製品を販売しています。

同社は業務提携にも積極的で2016年には、嚢胞性線維症を対象にメッセンジャーリボ核酸(mRNA)治療の共同研究でモデルナ(MRNA)と合意しています。モデルナがその後、新型コロナウイルス用のmRNAワクチンで世界的に脚光を浴びるのは周知のとおりです。

嚢胞性線維症を除く分野の治療薬は開発段階または臨床試験の最中です。2022年末時点で臨床試験に入っているのは鎌状赤血球症やベータサラセミア、神経障害性疼痛、1型糖尿病などの治療薬です。

【図表4】バーテックス・ファーマシューティカルズ[VRTX]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表5】バーテックス・ファーマシューティカルズ[VRTX]:株価チャート
出所:トレードステーション

ギリアド・サイエンシズ[GILD]、抗HIV治療薬の分野に強み

バイオ医薬品の世界的な大手、ギリアド・サイエンシズの創業は1987年。米ジョンズ・ホプキンス大学やハーバード大学で医学の学位を取得したマイケル・ライアダン氏が29歳の時に立ち上げました。社名は古代の中東地域で世界初の医薬品として使われたとされる「バルサムポプラの木(balm of Gilead)」から拝借しています。

新薬を開発する新興の製薬企業の例にもれず、創業後は資金調達に苦労します。1992年にナスダック市場に上場しますが、本格的に売上高を上げられない時期が続きました。

1996年12月期にようやく3300万ドルの売上高を計上し、その後は右肩上がりに増えていきます。約20年後の2015年12月期の売上高は100倍に当たる326億3900万ドルに達しました。

現在の主力製品はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症やウイルス性肝炎、新型コロナウイルス、がん、肺動脈性肺高血圧症などの治療薬です。特に感染症の治療薬が中心です。

中でも抗HIV治療薬の分野に強みを持ち、主力製品である「Biktarvy(ビクタルビ)」の2022年12月期の売上高は前年比20.5%増の103億9000万ドル。売上高は、ブロックバスターの基準とされる10億ドルの10倍以上に達しています。

HIV感染症の治療薬では「Genvoya(ゲンボイヤ」」や「Descovy(デシコビ)」、「Odefsey(オデフシィ)」などもブロックバスターです。この分野の治療薬の売上高は合わせて171億9400万ドル。2022年12月期の売上高の63%を占めています。

新型コロナウイルスの治療薬として日本で初めて承認された「Veklury(レムデシビル)」もギリアド・サイエンシズの製品です。2022年12月期の売上高は39億500万ドル。流行が下火になり始めたことで前年比で29.8%減りましたが、売上比率は14.3%に達しています。

この他にC型肝炎とがんの治療薬で年間の売上高が10億ドルを超える製品があり、ブロックバスターは合わせて7種類になります。

【図表6】ギリアド・サイエンシズ[GILD]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表7】ギリアド・サイエンシズ[GILD]:株価チャート
出所:トレードステーション

リジェネロン・ファーマシューティカルズ[REGN]、世界大手と提携

リジェネロン・ファーマシューティカルズは1988年に創業しています。創業者は神経科医で、名門で知られる米コーネル大学医学部の助教授だったレオナルド・シュライファー氏です。治療薬の対象となる主な分野は現在、眼疾患、アレルギー・炎症性疾患、がん、心血管疾患、代謝性疾患、感染症などです。

ナスダック市場への上場は1991年。フランスの医薬品大手、サノフィと早い段階で提携し、売上高を立てていましたが、米食品医薬品局(FDA)に初の自社開発商品である再発性心膜炎の治療薬「Arcalyst」が承認されたのは2008年で、創業から実に20年を要しています。

サノフィとの親密な関係はいまも続いており、特にリジェネロンの技術プラットフォームを利用した抗体の研究開発に力を入れています。アトピー性皮膚炎や喘息の治療薬である「Dupixent(デュピクセント)」は両社が共同で開発し、リジェネロンの柱の1つになっています。

もう1つの柱は、加齢黄斑変性や糖尿病黄斑浮腫といった眼疾患の治療薬「EYLEA(アイリーア)」です。こちらは米国外での開発・販売でドイツの製薬大手、バイエルと提携しています。日本でもバイエルが販売を手掛け、あらかじめ決めた比率で利益を分配しているようです。

この他「REGEN-COV(ロナプリーブ)」は新型コロナウイルス感染症の治療薬です。いろいろな抗体の中から効果が高いと判断された2種類の抗体を組み合わせる抗体カクテル療法に使用されました。

「ロナプリーブ」は2021年12月期に売上高が75億7400万ドルに達し、「デュピクセント」を上回りましたが、コロナが下火になったことで、2022年12月期には売上高が前年比76.6%減の17億7000万ドルにとどまっています。

ブロックバスターは合わせて3種類です。2022年12月期の売上高は「アイリーア」が前年比4.7%増の96億4700万ドル、「デュピクセント」が40.1%増の86億8100万ドルと圧倒的に大きく、事業の2本柱になっています。

【図表8】リジェネロン・ファーマシューティカルズ[REGN]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表9】リジェネロン・ファーマシューティカルズ[REGN]:株価チャート
出所:トレードステーション

アイキューヴィア・ホールディングス[IQV]、製薬会社に支援サービス提供

アイキューヴィア・ホールディングスは医薬品開発業務受託(CRO)のクインタイルズ・トランスナショナルと医療情報のIMSヘルスが合併し、2016年に誕生しました。クインタイルズの創業は1982年。米ノースカロライナ大学の生物統計学の教授だったデニス・ギリングス氏が立ち上げました。IMSヘルスは医療データや情報技術(IT)の世界的な大手でした。

ライフサイエンス事業を手掛ける企業にサービスを提供するアイキューヴィア・ホールディングスは、前身企業の強みを引き継いでいます。事業別では研究開発ソリューションが売上高の55.0%を占める最大の部門です(2022年12月期)。医薬品や医療機器の臨床試験をサポートするのが中核事業で、広範な支援サービスを提供します。顧客が質の高いデータやエビデンスを取得できるように支援し、当局による認可の獲得を手助けします。

技術&分析ソリューション部門は、クラウドを通じてソフトウエアを提供するSaaSサービスなどでライフサイエンス事業者の業務を支援します。豊富な医療関係データや独自のアルゴリズム、医療の専門知識などを駆使し、医療関係の分析やコンサルティングも手掛けています。この部門の売上比率は39.9%です。

営業受託・医療ソリューション部門は、マーケティングや営業の面でバイオ医薬品メーカーなどを支援します。前述の通り、バイオ医薬品の開発が成果を上げるまでには多大な労力が必要で、これまでに蓄積したノウハウなどを提供するビジネスです。売上比率は5.1%です。

【図表10】アイキューヴィア・ホールディングス[IQV]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表11】アイキューヴィア・ホールディングス[IQV]:株価チャート
出所:トレードステーション