IT企業を筆頭に、グローバル・ブランドのトップに立つインド出身のCEO

米国を代表する企業で、インド出身の最高経営責任者(CEO)が誕生してもあまり驚かなくなりました。インド出身のCEOはマスターカード[MA]やペプシコ[PEP]などのグローバル・ブランドにも広がっていますが、やはりIT企業での存在感が際立っているようです。

【図表1】南インド出身の最高経営責任者(CEO)
出所:企業発表資料、報道より筆者作成

IT企業のインド出身CEOの代表格といえばマイクロソフト[MSFT]のサティア・ナデラ氏、グーグルと親会社アルファベット[GOOGL]のCEOを兼任するスンダル・ピチャイ氏、IBM[IBM]のアービンド・クリシュナ氏、アドビ[ADBE]のシャンタヌ・ナラヤン氏の4人でしょうか。

4人はそろってインド南部の出身です。南部にはインドのシリコンバレーと称されるバンガロールがあり、バンガロールには優秀な学生が集まる理工系の大学があります。

4人のうち、マイクロソフトのナデラ氏はバンガロール北方のハイデラバードで生まれました。バンガロールの西でアラビア海に面したカルナカタ州のマニパル工科大学を卒業した後、米国に渡っています。

グーグルのピチャイ氏はバンガロールの南に位置するタミルナドゥ州マドゥライの出身で、タミル語を話す家庭で育ちました。それこそグーグルマップで調べてみると、マドゥライはバンガロールからほぼ真南に位置しています。ピチャイ氏は州都のチェンナイで中等教育を収めた後、西ベンガル州にあるインド工科大学カラグプル校で学位を取得しました。

IBMのクリシュナ氏はバンガロールの北東に位置するアンドラプラデシュ州の出身です。初等・中等教育はインド最南端のタミルナドゥ州や北インドのウッタラカンド州で受けています。大学はインド工科大学のカンプール校に通っていました。

アドビのナラヤン氏はマイクロソフトのナデラ氏と同じハイデラバードの出身です。市内のオスマニア大学で学位を取得した後に渡米し、カリフォルニア大学などで学んでいます。

4人の出身地や出身大学の足跡をたどると、バンガロールをぐるりと囲んでいることが分かります。インドのIT産業を先導してきたバンガロールの磁力が働いているかのような印象です。

このほかに大手IT企業のCEOでは、半導体メモリ―大手のマイクロン・テクノロジー[MU]のサンジェイ・メロートラ氏がインド出身です。イーロン・マスク氏が乗り込んでくるまでツイッターでCEOを務めていたパラグ・アグラワル氏もインド出身で、インド工科大学ボンベイ校を卒業しています。ただ、インドを南北に分けた場合、メロートラ氏とアグラワル氏はインド北部の出身ということになります。

インド南部出身の4人のCEOに話を戻すと、マイクロソフト、アルファベット、IBM、アドビはすべて生成人工知能(AI)に力を入れています。世界を変えていくようなIT企業だけに今はこの分野に力点を置いていると言えそうです。

今後の市場規模拡大が期待される、生成AI関連銘柄5選

マイクロソフト[MSFT]、「800ポンドのゴリラ」に挑む

米国の新興企業、オープンAIが2022年11月にリリースした対話型AIの「ChatGPT(チャットGPT)」は世界に衝撃を与えました。自然でなめらかな文章を次々に生み出す能力に人は驚愕し、新たな時代が幕を開けたと感じた人も多いと思います。

マイクロソフトは2019年にオープンAIに10億ドルを出資し、2021年にも追加投資を実行しています。さらに2023年1月には今後数年で数十億ドルを投資すると発表しました。報道では最大で100億ドルを投資するとも伝わっています。

生成AIはさまざまな領域で活用できそうです。すでにMicrosoft Officeの定額課金(サブスクリプション)サービスである「Microsoft 365」ではAI機能を組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」が発表されており、顧客を交えた試験運用が進んでいます。

ただ、オフィスソフトの分野はマイクロソフトの独壇場で、売上高に上乗せがあるかもしれませんが、生成AIの活用を通じて劣勢を挽回するような領域ではありません。このため市場の注目を集めたのは、マイクロソフトが自社の検索エンジン「Bing(ビング)」に生成システムのGPT-4を搭載した「新しいビング」をリリースしたことです。

検索エンジンの分野はグーグルが大きく分厚い壁として立ちはだかっています。デスクトップパソコンの検索エンジンでは、グーグルが世界シェアの9割近くを握り、ビングの市場シェアは1桁台にとどまっています。

マイクロソフトのナデラCEOは検索エンジンの分野について、「グーグルは800ポンド(1ポンドは約450グラム)のゴリラ」とユーモアを用いて形容しています。生成AIを搭載した「新しいビング」を武器に無敵のゴリラに挑み、シェアを引き上げる腹積もりのようです。

【図表2】マイクロソフト[MSFT]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は6月
【図表3】マイクロソフト[MSFT]:株価チャート
出所:トレードステーション

アルファベット[GOOGL]、バードで巻き返し

生成AIを搭載した検索エンジン「ビング」の登場は、ピチャイCEO率いるグーグルにとって危機感を抱かせる出来事だったようです。グーグルは検索エンジン分野で牙城を守り続け、ここ十数年にわたりライバルによる脅威らしい脅威に見舞われていなかったとされています。

アルファベットの2023年1-3月期決算の売上高は680億1100万ドルで、グーグル事業の広告収入は売上高全体の80.4%に当たる546億6100万ドルです。動画共有サイトの「ユーチューブ」などの広告収入が伸びていますが、「検索エンジンとその他」による広告収入が依然として最大の収入源で、売上高全体の58.3%を占めています。

検索エンジン分野での大幅な市場シェア低下は売上高の減少に繋がり、屋台骨が揺らぐ事態に直結しかねません。グーグルはすでに自社のブラウザー「Chrome」の拡張機能で、チャットGPTを使用できる仕組みを取り入れています。検索エンジンの結果と一緒にチャットGPTの応答を表示する便利な機能を導入することで、グーグル離れを防ぐ狙いがあるとみられます。

一方、自社の生成AI開発にも余念がありません。2023年3月には米国と英国で対話型AIの「Bard(バード)」の一般公開を始めました。「鳥(bird)」ではなく、「吟遊詩人」という意味で、言葉を紡ぎ出すイメージが浮かびます。日本などでもリリースしています。

続く4月には親会社のアルファベットがAIの研究開発部門を再編すると発表しました。子会社の英ディープマインドとグーグルのAI開発部門を統合し、グーグル・ディープマインドを新設する計画です。AI研究開発体制の一本化を通じ、リソースの有効活用やシナジー効果の創出を目指すとみられます。

さらに5月にはグーグルのピチャイCEOが英国のスナク首相と面談しました。AIの領域での協力について話し合ったと報じられています。スナク首相もインドにルーツを持つ人物です。グーグルもピチャイCEOを軸にさまざまな取り組みを加速させており、生成AI分野での優位を狙っているようです。

【図表4】アルファベット[GOOGL]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表5】アルファベット[GOOGL]:株価チャート
出所:トレードステーション

IBM[IBM]、AIの有効活用に主眼

AIの先駆けとして知られる「ワトソン」を開発したIBMは、人間の能力をAIで補完することに主眼を置いています。補助業務に徹するため、ワトソンは名探偵ホームズの助手である「ワトソン君」に由来すると思われることもあるようですが、実際にはIBMの創業者、トーマス・J・ワトソンから名前を拝借しているそうです。

ワトソンは2011年に米国のテレビのクイズ番組でチャンピオンを破るという快挙を成し遂げ、脚光を浴びましたが、その後はやや開発が停滞します。このような中、1990年にIBMのワトソン研究所で技術者のキャリアをスタートさせ、技術畑一筋を歩み続けてきたアービンド・クリシュナ氏が2020年にCEOに就任しました。

クリシュナCEOは、グーグルやオープンAIに出資するマイクロソフトと同じ土俵で勝負する気は毛頭ないようです。2022年にはAIの分野で「ムーンショット(月探査ロケットの打ち上げのような壮大な計画)にトライするべきではない」と語っています。

2023年5月には、生成AIと基盤モデルに焦点を当てた新しいAIプラットフォーム「IBM watsonx」を発表しています。企業のニーズに合わせて提供し、AIのビジネス面での活用を支援します。チャットGPTやバードのような汎用モデルではなく、企業向けに特化したAIのプラットフォームで、7月以降に一般公開する予定です。

クリシュナCEOは5月に開いた年次イベントの基調演説で「生成AIの技術とそれを生かして価値を生み出す技術は別物」と指摘し、AI活用の具体的な成果を追求する方針を示しました。また、「企業用のAIで誤った答えを出すわけにはいかない」と汎用型の生成AIの弱点をちくりと皮肉っています。

【図表6】IBM[IBM]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表7】IBM[IBM]:株価チャート
出所:トレードステーション

アドビ[ADBE]、画像生成AIで存在感

シャンタヌ・ナラヤンCEO率いるアドビは2023年3月に画像生成AIの「Firefly(ファイアフライ)」の試用版をリリースしました。テキストから画像を生成するという点ではそれほど真新しさはありませんし、デザインやデジタル画像の分野の先頭ランナーであるアドビにしては出遅れたという印象を持った人もいたようです。

ところが実際に試用版がリリースされると、1周先を走っていたことが判明しました。画像生成AIの分野で難関とみられていた著作権問題をクリアしていたのです。

従来の画像生成AIではネット上に出回る大量の写真やイラストなどでトレーニングしており、著作権の面ではグレーと位置付けられていました。とはいえ、企業としては訴訟リスクを抱えたまま、安易に画像生成AIを使うことはできません。

一方、アドビはファイアフライについて、自社で権利を保有する画像や知的財産権が生じないコンテンツだけでトレーニングされたAIなので、著作権問題が生じないと説明しています。

2023年6月にはファイアフライのエンタープライズ版を発表。著作権問題をクリアした画像であれば企業も安心して利用できます。AIで生成した画像の商業利用の面で先行できるのかもしれません。

【図表8】アドビ[ADBE]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は11月
【図表9】アドビ[ADBE]:株価チャート
出所:トレードステーション

フレッシュワークス[FRSH]、顧客管理システムにもAI活用

企業に顧客管理ソリューションなどを提供するフレッシュワークスの共同創業者でCEOのギリッシュ・マスルブーサム氏はバンガロールの南に位置するタミルナドゥ州トリッチーで生まれ育ちました。前述の4人のCEOとは企業規模がまったく違うものの、マスルブーサム氏は自ら起業し、2021年にナスダック市場への上場を実現させています。

主要事業は企業の顧客対応や人事管理を支援するソフトウエアの提供で、特に企業によるカスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)の向上に向けた取り組みを支援するツールに定評があります。

もちろんAIの開発も進めており、2023年3月に生成AIの能力を持つアシストボットの「フレディ」を発表。6月には顧客対応用のチャットツール「フレッシュチャット」の試用版をリリースしています。

【図表10】フレッシュワークス[FRSH]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表11】フレッシュワークス[FRSH]:株価チャート
出所:トレードステーション