◆『舞姫』といえば森鴎外の代表作だが、実は与謝野晶子にも『舞姫』と題した歌集がある。それだけ「舞姫」という言葉は当時のひとにとって重要なキーワードだったのだろう。鴎外の『舞姫』は、多くのひとに読み継がれてきた恋愛小説の名作だが、後味が悪くて僕はどうも好きになれない。主人公は子供を宿した女性を異国に残して日本に帰国する。残された女性は発狂してしまう。このエピソードだけみれば、「なんてひどい男だ」と思われてもしかたないだろう(『舞姫』は鴎外の半自伝的小説といわれている)。

◆だから鴎外が女性の自立運動を支援したという事実も、僕が抱く鴎外のイメージに合わず、すぐにはピンとこなかったのだが、どうやらそのようである。女性の社会的地位向上を目指して新婦人協会を結成した平塚らいてうを、与謝野晶子と並ぶ存在と激賞し、協会の立ち上げにも一役買った。

◆世界の女性リーダーを集めた国際会議を日本で開催する計画を安倍首相が明らかにした。首相は世界の経営者や政治家が集まる世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)になぞらえ「女性版ダボス会議だ」と意義を強調したという。女性の力を最大限活用するのは成長戦略の中核。おおいに結構、ぜひ実りあるものにしてほしい。

◆あえて苦言を呈すれば、「女性版ダボス会議」という言葉は余計である。いちいち女性版○○と言い換えること自体がおかしい。ダボス会議は男性専用会議か?ダボス会議出席者の半数が女性となるような世界を目指すべきである。

◆前述した森鴎外の女性運動支援はドイツ留学時代に「婦人総集会」を傍聴する機会を得たことが根底にあるといわれる。西洋の女性解放運動を目の当たりにしたのである。安倍首相の提案する女性リーダー会議にはラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事やシェリー・ブレア元英首相夫人らが出席する予定だというが、彼女らに匹敵する日本の女性リーダーの名前が聞こえてこないのがさびしいところだ。西洋の颯爽たる女性リーダーの薫陶にじかに触れて、日本からも多くの女性リーダーが世界に立つことを期待したい。桜桃忌ほど知られていないが、今日は鴎外忌。森鴎外が60年の生涯を閉じた日である。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆