マネックスグループ・グローバル・アンバサダーのイエスパー・コールは常々「なぜ日本人は自国の株を買おうとしないのか」と嘆いている。自分のお膝元に、とても有望で割安に放置されている企業がたくさんあるのに、と。

かつて坂口安吾は『日本文化私感』の中で、ジャン・コクトーの逸話を紹介した。

「いつかコクトオが、日本へ来たとき、日本人がどうして和服を着ないのだろうと言って、日本が母国の伝統を忘れ、欧米化に汲汲たる有様を嘆いたのであった。」

ウォーレン・バフェットが日本株への追加投資の検討を表明した。日経平均は2万8000円台を回復、今日で6日続伸だ(14日寄り付き現在)。そりゃあ、「投資の神様」のご託宣を受ければ、相場が強含むのも無理はない。既に投資している商社だけでなく、次の投資先として「考えている会社は常に数社ある」という。改めて日本株の割安さにスポットライトが当たってきた。

しかし、そんなことはバフェットに言われるまでもなく、わかっていたことではないか。バフェットさまさまだから、ケチをつけるつもりは毛頭ないが、情けないのは日本の投資家だ。

坂口安吾の『日本文化私感』はこう続く。

「タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ隔たりがあった。即ち、タウトは日本を発見しなければならなかったが、我々は日本を発見するまでもなく、現に日本人なのだ。」

外国人に日本株の良さを「発見」してもらう前に、日本に住み、日本企業に囲まれて暮らしている我々日本人が日本株に投資しようとしない、そこが情けないところである。

情けない話と言えば、東証の要請も同様だ。東京証券取引所はプライム市場とスタンダード市場の全上場企業に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」を通知した。その中身を見ると、「本対応を実施していただく趣旨は、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現するため、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践していただくことです」とある。

そして、現状分析⇒計画策定・開示⇒取組の実行というPDCAサイクルを回すように指示している。分析・評価の例として、「資本コストを上回る資本収益性を達成できているか、達成できていない場合には、その要因」を開示せよという。ご丁寧にも「資本収益性の分析・評価にあたっては、WACC(加重平均資本コスト)との比較でROIC(投下資本利益率)を、株主資本コストとの比較でROE(自己資本利益率)を利用することなどが考えられます」との注意書きまである。

新しくJPX(日本取引所グループ)のCEOに就いた山道裕己さんはウォートンのMBAだからWACCを上回るROICが企業価値創造の基本であるなんてことは常識として頭に入っているだろう。もしかしたら株主資本コストとROEの差(エクイティスプレッド)の現在価値がPBR1倍以上のプレミアムの源泉となる残余利益モデルの構造もご存じであるに違いない。

しかし、である。実際の企業経営者からしてみれば、「資本コストや株価を意識した経営の実現」を取引所に要請されるというのは腹立たしいことではないか。資本コストや株価を意識した経営をしていない経営者なんているのだろうか?

と書いた傍から否定する声が聞こえてくる。いや、いるだろう、しかも大勢いるのだ。そうでなければ1800社もの上場企業がこれほど長きにわたってPBR1倍割れの状況に甘んじているわけがない。

だから一番、情けなく感じているのは、誰であろう東証自身ではないか。こんなことを上場企業に要請しなければならないなんて!資本コストや株価を意識した経営をしてください、お願いします、と国を代表するトップ企業に取引所が要請するなんて、前代未聞だ。古今東西、日本だけである。

情けないことばかり述べてくると気分が滅入る。素晴らしいことも取り上げよう。

価値創造に着目して銘柄を選定する新指数「JPXプライム150指数」が開発される。この指数は、プライム市場に上場する時価総額上位銘柄より、エクイティスプレッドとPBRの二つの指標を用いて選定された銘柄で構成される。まさに日本を代表する価値創造企業を150社パッケージにした、優れた企業経営のお手本みたいなインデックスである。

実際の指数算出は7月からだが、プロトタイプの構成銘柄で、PBR、ROE、成長性(売上高、EPS)、時価総額の分布を見ると、米欧主要指数(S&P500、STOXX600)と比較して、グローバルに遜色ない水準だと言える。例えばPBR2倍以上の企業の比率は54%で、67%に及ぶS&P500には敵わないが、50%のSTOXX600を越えている。ROE14%以上の企業の比率はプライム150が52%、S&P500が59%、STOXX600が54%とほぼ並んでいる。

そもそもエクイティスプレッドで銘柄を選ぶ指数など見たことも聞いたこともない。古今東西、間違いなく世界にひとつだけ、そして世界に誇れる指数である。この指数に連動するETFなどが開発されれば、2024年から始まる新NISA制度で個人の長期投資の対象としてふさわしい商品になること請け合いである。企業の側にも、この指数に採用されることを目指そうという意識が芽生えてほしい。優れた企業価値創造を行っている企業を個人の投資資金が応援することでますます企業価値が高まり、個人の資産形成にも寄与する好循環が生まれる。我が国の資本市場がそのような形になることを夢見ている。

僕はこの指数に大いに感じ入ったので、微力ながら宣伝係を務めようと思う。今後もテレビなどで紹介していくつもりだ。そうしたこともあって、この指数を開発したJPX総研インデックスビジネス部の方々とミーティングをもった。

その席で僕が、誠に素晴らしい指数ですね、と伝えると、先方の責任者の方がこう述べられた。

「ありがとうございます。開発者としてはこの指数が長く続いてほしいと思う一方で、20年くらいで廃れてお役御免になってくれることも願っています」

「え?どういうことですか?」

「さきほど米欧の主要指数(S&P500、STOXX600)と比較して遜色ない中身になっていることをご覧いただきました。それら米欧の主要指数、S&P500とかSTOXX600は単に時価総額の大きい順に500銘柄とか600銘柄とか取ってきて、そのROEやEPS成長率が高いわけです。なにもエクイティスプレッドで選んだわけではない。つまり、ROEやEPS成長率が高い企業は当然のように企業価値が向上し時価総額が大きくなりインデックスに入る、それだけのことなんです。日本の株式市場もそうなるべきです。エクイティスプレッドやPBRなんて選別基準を無理に当てはめなくても、時価総額で上位に並ぶ企業は当然のように資本コストを上回るROEをあげ、PBRの高い企業になっている。そうなればこの指数はもうお役御免です。それがこの指数の、いや東証の市場改革のゴールではないでしょうか」

「JPXプライム150指数」は世界に誇れる指数だ。そのコンセプトも、開発者たちの理念も、素晴らしい。こういう、世界にないオンリーワンが、どんどん日本に生れてくれることを切に願う新年度の春である。

                             黄砂に吹かれて 2023.4.14 広木隆