先週の動き:パウエルFRB議長のタカ派発言を受けニューヨーク金先物価格(NY金)は下落するも、週末の米雇用統計と金融不安の高まりによりプラスで終了

先週のニューヨーク市場金先物価格(NY金)は、週次ベースで続伸した。週を通して米連邦準備制度理事会(FRB)による金融引き締め策に対する市場内の強弱感の振れでNY金は上下し、値動きは前週より大きくなった。

週末には、米中堅金融持ち株会社SVBファイナンシャル・グループ傘下のシリコンバレー銀行が経営破綻、金融システムへの警戒感から安全資産への資金移動が加速し、NY金は水準を切り上げた。

3月10日の通常取引終値(清算値)は1,867.20ドルで週足は12.60ドル、0.68%の上昇となった。その後の時間外取引では、一時1,874.30ドルまで買われ、1,872.70ドルで週末の取引を終了した。

先週は、週の半ば3月7、8日の2日間の日程で予定されていたパウエルFRB議長の議会証言を控え週初は模様眺めの静かな展開であった。前週後半に切り上げた1,850ドル超の水準を維持して推移した。ところが、初日の上院銀行委員会の公聴会でのパウエルFRB議長の発言内容は、予想を超えるタカ派傾斜を表すものとなり、NY金は売られた。

2月1日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見にて、「(物価が上がりにくい)ディスインフレのプロセスが始まった」と発言したパウエルFRB議長だが、今回の議会証言冒頭部分で「データが引き締めペースの加速を正当化すれば、利上げのペースを速める用意がある」と発言した。「最終的な金利水準が従来の予想よりも高くなる可能性が高い」とも述べ、利上げ継続を強く示唆した。市場では3月21~22日に予定されているFOMCでの、利上げ幅拡大観測(0.25%⇒0.50%)が台頭することになった。

この日のNY金はドル指数(DXY)が105.615ポイントとほぼ高値引けで、3ヶ月ぶり高値となる中で、前日比34.60ドル安の1,820.00ドルで終了。翌日の下院(金融サービス委員会)でのパウエルFRB議長の記者会見は、公聴会前に配布する事前原稿に「何も決定していない」という文言を加えるなど、利上げ幅拡大観測まで織り込みにかかった市場をやや牽制するものとなった。

しかし、基調的には同じで3月8日のNY金終値は1,818.60ドルで一時1,813.40ドルまで売られたが、これが先週の安値となった。

ところが週末に流れは一転する。

先週最大のイベントと目されていたのが3月10日発表の2月の米雇用統計だった。パウエルFRB議長が議会証言2日目に注目指標として挙げたこともあり、今月のFOMCの政策見通しの手掛かりを探るべく結果が注目されていた。

内容としては、非農業部門雇用者数(NFP)の伸び(31.1万人)は市場予想(22.5万人、ロイター)を大きく上回ったものの、失業率は上昇し(3.6%)平均時給も市場予想ほど伸びず(前月比0.2%増)、賃金インフレへの過度な警戒が和らいだ。FRBが利上げを再加速するとの警戒感が後退し、米国債利回りが急激に低下する中でDXYも低下、結果ゴールドは買われた。

そこに加わったのが、シリコンバレー銀行破綻をきっかけにした金融不安の高まりだった。金融システムへの警戒感から安全資産への資金移動が加速し、NY金を押し上げた。

3月10日の32.60ドル高を含め、前日の16ドル高とあわせて48.60ドル高は、パウエルFRB議長の発言を受けた下げ幅を解消する形で、週足はプラスに転じることになった。先週のNY金のレンジは1,813.40~1,874.30ドルとなったが、先週のコラムでは想定レンジを1,840~1,880ドルとしていた。

その一方、国内金価格は米ドル/円相場が円安方向に振れたことに支援されたものの、上昇は限定された。レンジは7,943~8,084円となったが、ほぼ先週のコラムで解説した想定レンジ7,950~8,100円に沿ったものとなった。

3月10日開催の黒田総裁最後の日銀金融政策決定会合が、無風で終わることが予想されていたこともあり、パウエルFRB議長のタカ派発言で米ドル/円は一時137.91円(ダウ・ジョーンズ)まで円安が進んだ。

シリコンバレー銀行破綻で浮上した米国の金融システム不安、金融政策の先行きを巡る不透明感にゴールドは上昇機運

3月10日に破綻した米中堅金融持ち株会社SVBファイナンシャル・グループ傘下のシリコンバレー銀行をきっかけに、金融システム不安が一気に高まった市場だが、前日3月9日時点ですでに銀行株の下落が目立っていた。

3月8日に大規模な資金調達を発表したSVBファイナンシャルだったが、この日株価が大きく(6.7%)下落。増資を含む資金調達策だったが、単なる希薄化を嫌気した下げ以外の要素も指摘されていた。

そして翌3月9日には60%以上の下落に見舞われ、後の取引停止となった。スタートアップやベンチャーキャピタル(VC)との取引に特化した銀行ゆえに当初は、局所的な信用不安という見立てだったが、警戒感から他の金融株へと売りが広がっていた。

事態は流動的でなお進行中だが、日本時間3月13日午前の時点で同行の預金は緊急避難的措置として全額保護されると報じられている。「全額保護」との扱いが危機の深刻さを表しているとも言えそうだ。

詳細は報道を参照いただくとして、当コラムで指摘したいのは、FRBの歴史的な利上げに対し、経済は意外にも耐性を示しているものの、金融市場ではその副作用が顕在化し始めたということである。2022年、英国の年金基金が保有する自国国債の評価損急拡大で危機に見舞われることがあったが、同様のことは米国でも銀行を含め発生する可能性が懸念されてきた。

パウエルFRB議長はじめFRBは一連の歴史的な引き締め策について、その副作用を認識しつつも、比較考量からインフレを放置することの弊害の方が大きいとしてきた。その副作用が労働市場や経済に限らず、金融システムに及び始めたいま、どこまで利上げに踏み込めるのか。

目先の金融システム不安は、米金融当局の対応策で遅かれ早かれ沈静化するとみられるが、いまや影の銀行と呼ばれるファンドや年金基金などを通した資金の流れが巨大かつ複雑化(デリバティブなど)しており、不透明感は残りそうだ。

3月13日午前の段階でNY金は続伸し一時1,900ドルに接近しているのは、そうした見方を反映したものと思われる。

今週の展望:足元の金融情勢を注視しつつ2月消費者物価指数(CPI)、同生産者物価指数(PPI)に注目。NY金は1,860~1,920ドル、国内金価格は8,000~8,200円を想定

今週はまずは足元の金融状況を巡る米金融当局と市場の反応を静観ということになりそうだ。FRB当局者がFOMCを前に発言を控えるブラックアウト期間に入っていることは、金融環境を考えると、タイミングの悪さは言うまでもないだろう。

今週は一般的には、3月14日発表の2月消費者物価指数(CPI)や3月15日に2月小売売上高、2月生産者物価指数(PPI)に注目ということになる。しかし、やはり金融市場を巡る混乱がどう落ち着きを見せ、その中で市場での金融政策の方向を巡りどのような議論が沸き起こるか。FRB当局者不在の中でFOMCを前に不透明感は高まった。

流動的な市場環境の中で、今週のNY金の想定レンジはやや広めに予想し1,860~1,920ドル、国内金価格は、円高方向への振れを加味しつつも8,000~8,200円と高値更新を見込むレンジを想定している。

【図表】ゴールド 縦軸:円建てゴールド/グラム(単位:円)
出所:マネックス証券