低所得国の債務問題は厳しさを増している
低所得国の債務問題(※1)が懸念されている。世界銀行によると、2019年時点で既に低所得国(※2)の半数以上が債務破綻状態あるいは債務破綻に陥るリスクが高いとされていた。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大を受けた財政支出の拡大によって債務残高は一段と増大し、エクアドルやザンビアなどが債務不履行に陥った。
足元では、ロシアのウクライナ侵攻による影響に加え、記録的なインフレなどを背景に欧米を中心として金融環境が引き締まっている。新興国国債の利回りと米国債の利回り格差が2020年の新型コロナウイルスの感染拡大初期の水準まで拡大するなど、低所得国の債務を取り巻く環境は一段と厳しさを増している。
債権者の多様化が債務問題への対処を困難に
低所得国の債務問題に対処するには、債務の全容を把握し再編や削減を行うことが不可欠である。しかし、近年は債権者の多様化を主因に債務の再編などが困難になっている。
2000年代後半までの低所得国への融資は、世界銀行などの国際金融機関によるもののほか、パリクラブメンバー国が政府開発援助(ODA)の一環で行うものが大半であった。しかし、近年は一帯一路構想の下で海外でのインフラ開発を進める中国が著しく台頭している。
具体的には、2006年における低所得国の対外公的債務の債権者別の割合は、国際機関が55%、パリクラブメンバー国が28%、中国が2%であったのに対し、2020年には国際機関が48%、パリクラブメンバー国が10%に低下し、中国が18%に上昇している。
中国などの新たに台頭した債権国は、融資契約に広範な機密保持条項を設けている場合が多く、他の債権者による債務の全容把握を難しくしている。
また、かつては金融機関によるシンジケートローンが中心であった民間部門からの融資も、近年は低所得国でも国債発行の制度的条件が整備され、高利回りを求める資金が流入したことで、国債が中心となっている。国債の保有者は分散しているため、債務再編時の調整を難しくする。
G20とパリクラブは、DSSI及び共通枠組みを立ち上げ
このように債権者の構成が大きく変化している中で、2020年4月にG20とパリクラブは共同で、「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」を立ち上げた。
DSSIは低所得国73ヶ国を対象とし、対象国の要請に応じて2020年5月から2021年末までに支払期限が到来する公的債務の元利金の支払いを最大で6年間猶予する枠組みである。
対象債権者はすべての公的な二国間債権者で、債権者の負担を平等にするという観点から、民間債権者も参加を要請された。2021年末までに48ヶ国が支払猶予を要請し、129億ドル(うち、パリクラブメンバー国が46億ドル)が猶予された。
DSSIは非パリクラブメンバー国を巻き込んだ初めての枠組みという点で画期的であった。しかし、民間債権者の参加は1社に止まるなど(※3)、課題も残した。
また、格付会社が、民間債権へのDSSIの適用は実質的なデフォルトに相当するという見解示したことから、債務国側としても民間資金へのアクセスを失うことを懸念して、民間債権者にDSSIの適用を要請しなかったという点も指摘されている。
DSSIに続く措置として、2020年11月に「DSSI後の債務措置に係る共通枠組み(Common Framework for Debt Treatments beyond the DSSI)」が導入された。DSSIが支払猶予によって一時的な流動性を供給するものであったのに対し、共通枠組みは構造的な債務問題や長期化する流動性問題への対処を企図するものである。
しかし、DSSIと同様の懸念から、足元ではチャド、エチオピア、ザンビアの3ヶ国からの申請に止まっている。また、債権者間の調整も難航しており、2022年11月に漸くチャドで債務減免の合意に至ったものの、エチオピアとザンビアでは合意に至っていない。
債権者のさらなる協調や、低所得国の歳出歳入の構造改革が不可欠
DSSIが終了し低所得国の債務支払の負担が新型コロナの感染拡大前の水準まで戻る中、低所得国の債務危機を回避するためには、二国間債権者が協調して債務救済の取り組みを促進させるとともに、民間債権者による同等の貢献を確保することが不可欠である。
また、低所得国でのインフラ投資の質の向上や産業発展の支援など、歳出歳入の構造を改革し、債務問題を引き起こす根本的な原因を含めて解決していく必要がある。
※1 債務は公的か民間か、国内か対外かという組み合わせで4つに分類できるが、本稿は対外公的債務に焦点を当てる。
※2 ここでの低所得国は、「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)」の対象となる73ヶ国を指す。
※3 民間債権者の参加は、中国政府が民間金融機関と主張する中国国家開発銀行のみである。
コラム執筆:伊勢 友理/丸紅株式会社 丸紅経済研究所