11月8日~10日にかけてビットコインをはじめとする暗号資産が暴落したことは記憶に新しい。大手暗号資産取引所FTXグループの財務状況悪化が報じられ、同グループが発行するFTTトークンの暴落とともに瞬く間に破綻騒動へと発展した。このFTXショックによって冬の相場にあった暗号資産市場をさらに凍りつかせるような大暴落が起きたのである。

暗号資産は依然として価格のボラティリティが大きい金融資産である。そのため、今回のような暴落だけでなく、これまでにバブル崩壊に伴う暴落を何度も経験してきた。そのため、暗号資産のバブルを検出することは、その価格を正しく評価する上で非常に重要な指標となりうるだろう。

金融資産のバブルを検出するためのモデルとして「LPPLS (Log Periodic Power Law Singularity) 」というモデルが存在する。実は、このモデルが今回の暴落でもシグナルを出していたことがわかった。本コラムでは、LPPLSモデルの概要を紹介し、このモデルが今回のFTXショックにおいてどのようなシグナルを出していたのか、過去のバブルとも比較しながら検証する。

ビットコインバブルも検知する「LPPLSモデル」とは

LPPLSは次の2つのバブル時の特徴を前提としてDidier Sornette氏らによって考案されたモデルである。

第1に、バブル下において、金融資産の価値は指数関数的あるいは超指数関数的に上昇すること。第2にバブルが終焉を迎える時間に近づくにつれて価格変動の周波数が加速度的に大きくなることである。このようなバブルの時間的特徴を“log periodic”、“対数周期”というが、この価格変動の特異な周期性を捉えるのがLPPLSモデルである。

LPPLSモデルでは投資家がバブル下において「群集心理」に従って動くという前提を置いている。すなわち、バブル下で投資家は合理的な判断を放棄し、ただ他人に追従するような動きをする。そのため一部の影響力のある投資家に倣って価格が上下し、ファンダメンタルズにそぐわない価格上昇が起こる。逆に何か大きな事件をきっかけにネガティブな反応が伝播し、最後にはバブル崩壊とともに価格の暴落が起こる。 

LPPLSモデルの数学的な解説については割愛するが、このモデルは過去に株式や金などの金融資産で起きた著名なバブルを正確に検出できたという研究結果も発表されている。また、LPPLSモデルをビットコインの価格に当てはめるという研究もすでにいくつか行われている。そうした先行研究を踏まえつつ、最新のデータを用いて今回のFTXショックを分析していきたい。

LPPLSモデルでビットコインバブルとFTXショックを検証

今回、LPPLSモデルをビットコイン価格に適用し、次の2つの期間でバブルインディケーター(後述)を算出した。算出にあたってはGithub上で公開されているLPPLSモデルの計算ライブラリを用い、ビットコイン(BTC)の価格データについては暗号資産関連データプロバイダーGlassnodeから収集した。

より細かい間隔のデータは短期間でのバブルを検知する精度が高いという先行研究を参考に、価格データの間隔は一般に使用される日足ではなく1時間足とした。また一定程度のヒストリカルデータを入力することで効果的なシグナルを出せることから、どの期間も約7ヶ月間のデータを入力することとした。

A.    2021年5月1日~2021年11月30日 (チャイナ & テスラショック〜10月の最高値)
B.    2022年4月14日~2022年11月14日 (テラショック〜FTXショック)

ここでバブルインディケーターについて説明しておきたい。インディケーターには価格の高騰によるバブルの山を示すポジティブインディケーターと、価格の暴落によるバブルの底を示すネガティブインディケーターがある。シグナルが立つとその時点での価格の上昇/下落がバブルの終焉を表すことを意味する。シグナルの大きさはそのシグナルに対する信頼度を表している。このインディケーターが正しくバブルの終焉時点でシグナルを発することができているかどうかが今回の検証ポイントである。 

【図表1】2021年5月1~2021年11月30日までのBTC価格のバブルインディケーター
出所:GlassnodeのBTC価格データ(1時間足)より筆者作成

最初はビットコインの価格が最高値に達した2021年11月にかけてのデータを見る。図表1は2021年5月1日~2021年11月30日までのヒストリカルデータでバブルインディケーターを計算したものである。赤で示したのが価格の山に反応するポジティブインディケーター、緑で示したのが価格の底に反応するネガティブインディケーターである。左縦軸は対数スケールの価格、右縦軸はインディケーターの信頼度、横軸は時間である。

ビットコインが最高値となった2021年11月初旬ごろを見ると、0.4を超える信頼度のポジティブシグナルが出ていることがわかる。山に到達したということをLPPLSモデルが検出しているのだ。シグナルが価格上昇の頂点と重ならない場合も多いが、2021年7月末付近ではイーロン・マスク氏らが参加したイベント「The B Word」後のビットコイン急騰、2021年8月はNFTブーム、2021年10月はビットコイン先物ETFへの期待と、それぞれ0.4を超えるポジティブシグナルについてはバブルを示唆する出来事が存在する。

逆にネガティブ側を見てみると、中国のマイニング禁止やテスラのビットコイン決済停止などで相場が暴落した2021年5月~7月にかけて、0.4を超える信頼度のシグナルが出ている。また最高値に達した後に急落した際にも、同様に信頼度の高いシグナルを発している。このことからLPPLSモデルがバブル崩壊後の底値を探るためにも非常に参考になることが見てとれる。

【図表2】2022年4月14日~2022年11月14日までのBTC価格のバブルインディケーター
出所:GlassnodeのBTC価格データ(1時間足)より筆者作成

次に、2022年5月に起きたテラショックから、直近で話題となっているFTXショックまでの期間を見る。いずれも2022年入ってからの下落相場のなかで起きた事件であったため、まずはネガティブ側に着目してみたい。

テラショック直後の2022年5月、暗号資産関連企業の破綻が相次いだ2022年6月~7月にかけては、信頼度の極めて高いシグナルがクラスターで発生し、暴落後の価格の底を見事に捉えている。今回のFTXショックにおいても同様のシグナルが出ており、今が価格の底である可能性を示している。

ポジティブ側を見ても、2022年6月と同年11月のビットコイン暴落前に0.5を超える信頼度のシグナルが出ている。今となっては後の祭りだが、LPPLSモデルはFTXショックが起こる直前に発生したバブル特有の周期性を捉え、価格の暴落前から市場に警鐘を鳴らしていたということである。 

LPPLSモデルはビットコインバブルに有効なのか

暗号資産市場は2022年に入ってから冬の相場が続いており、今回のFTXショックはバブル下に起きた事件とは言い難いだろう。そのような非バブルの状態を検出してしまうLPPLSモデルには問題があるのではという指摘もあるだろうが、価格の暴落に至るまでFTXグループ関連の情報が市場で錯綜したことは事実である。

大手暗号資産取引所バイナンスのCEOが「FTTトークンを売却する」と発言して同トークンの価格が暴落したように、短い期間ではあるものの、多くの投資家がバブル下に近い群集心理に陥った可能性は十分に考えられる。

今回の検証におけるポジティブインディケーターは価格上昇の頂点と必ずしも一致しない点に課題が残ったが、ネガティブインディケーターは高い確率で価格暴落後の底値を捉えることができた。FTXショックの余波が続く間はさらなる市況悪化への懸念が消えないが、直近のビットコイン暴落でもネガティブシグナルが出ており、LPPLSモデルがビットコインの底値を探るための1つの指標となりうることを示した。

暗号資産は、バリュエーションの算定方法が確立されていないからこそ、群集心理に従って価格が変動しやすい面もある。そのため群集心理を前提とするLPPLSモデルとは相性が良いと考えられる。しかし、どの銘柄に対して、どの期間、どの間隔のデータを使ってバブルインディケーターを計算するかによって有効性に違いが出るため、バブル崩壊のタイミングを正しく捉えるためには検証すべき事項も多い。

我々が近日発表予定のレポートでは、今回取り上げなかったビットコインバブルやその他の銘柄についても検証対象としつつ、より詳しい内容に触れているため、ぜひそちらも読んでいただきたい。

調査・協力:マネックスクリプトバンク株式会社 仮想通貨研究所 中坪諒真