デカップリングをめぐる論点

米国政府は10月7日、先端半導体や半導体製造装置などを対象とする対中輸出管理の強化を発表した。その厳しい内容は日本を含む各国で波紋を呼んでおり、安全保障を目的とする米中間の技術デカップリングは新たな段階に入りつつある。

今後の米中関係、そしてグローバル経済においては、「完全な」デカップリングは非現実的であり、「部分的な」デカップリングが徐々に進行する、という議論が多い。妥当な見方ではあるが、問題は「部分的」の射程である。

限定された先端技術を厳重に管理する取り組みは「スモールヤード・ハイフェンス(small yard, high fence:高い柵で囲われた小さな庭)」とも形容される。

その実態は別としても、重要技術の保全、重要物資のサプライチェーンの強靭化、重要インフラの防護、機微データの保護といった経済安全保障上の取り組みに共通するのは、自国の安全保障にとって死活的な領域とそうでない領域をできる限り区別するという考え方だ。

しかし、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の普及による経済社会のスマート化は、サイバー攻撃に対する新たな脆弱性を生み出し、従来、安全保障とは縁遠かった産業におけるデカップリングを招く可能性がある。

スマート化がもたらすリスク:自動車産業の例

ここではCASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動運転、Shared & Service:シェアリング、Electric:電動化)の波に直面する自動車産業について考えてみたい。

現在、経済安全保障の観点から主に注目されているのは、「E」、すなわち電動化で需要が爆発的に増大する蓄電池の戦略物資化であり、その生産に必要な鉱物であるバッテリーメタルの安定供給である。

一方、「C」と「A」による自動車のスマート化がもたらすリスクも無視できない。外部ネットワークに接続する自動運転車がハッキングされれば、搭載センサの記録や移動経路などの情報が窃取されたり、不正操作によって乗員や周囲の人員・施設に危害が加えられたりする恐れがある。

このような攻撃には、犯罪者やテロリストのみならず、国家も関与し得る。例えば、軍事施設やインフラなどの重要施設の周辺を走行する車両や政治家などの要人が乗る車両は、国家アクターにとっても価値のある目標となるだろう。

サイバーセキュリティ上のリスクは特定国の製品のみに存在するわけではない。しかし、一部の国で中国製の情報通信機器が排除されつつあるように、政治的に対立する国の製品の安全性が疑われ、規制の対象となることは十分考えられる。自動車から得られる膨大なデータをどのように保管し、誰にアクセスを認めるかも重要な問題だ。

中国では2022年7月、共産党の重要会議の開催地である河北省・北戴河で、米EV大手・テスラの車両進入が禁止されたという。自動車と同じく「C」と「A」の要素を持つドローンでは、既に規制の動きがある。デカップリングが各国の主要産業の1つである自動車産業に及べば、その影響は甚大だろう。

IoT製品と安全保障

IoT製品の安全性については、9月にEU(欧州連合)がEU市場で上市されるデジタル製品にセキュリティ要件の充足を義務付けるサイバーレジリエンス法案を発表するなど、各国で対策の検討が進んでいる。

このような規制が製品安全の観点を越え、国家間対立を踏まえた安全保障のツールとして運用されるようになれば、デカップリングは加速するだろう。

自動車などのモビリティ分野は、一般消費者に向けて製品が販売される一方、交通システムの一部として動作し、その機能不全は人命の喪失につながるという意味で、高い公共性を持つ。

経済安全保障に基づくサイバーセキュリティの取り組みは、インフラ分野における産業界向けの規制が先行しているが、今後、より消費者に身近な領域に広がっていくことが予想される。

【図表】IoT製品と安全保障上の懸念(例)
出所:丸紅経済研究所作成

比較的公共性の低い領域も国家の関与する攻撃・干渉と無縁ではない。スマート工場のような産業寄りの分野では、サプライチェーンの断絶や技術窃取を狙った攻撃があり得る。一方、スマート家電のような消費財に関しては、諜報・監視のほか、偽情報の流布などによる影響力工作への利用といった論点もあるだろう。

「安全保障化」の視点

実際にこのようなリスクがどの程度存在するかは議論の余地がある。しかし、複雑な技術が絡む問題でリスクの不存在を証明するのは難しく、厳しい国際情勢の中では安全保障の論理が優先され得る。安全保障を盾に保護主義的な思惑が反映されることもあるだろう。

ある問題が安全保障上の課題として認識される過程は「安全保障化(securitization)」と呼ばれる。その含意は、何が安全保障上の課題なのかは客観的に決まるわけではなく、議論を通じて社会的に決定されるということだ。

デカップリングの行方を左右するのは、純粋な技術論ではなく、政策決定者や世論の認識かもしれない。

 

コラム執筆:玉置 浩平/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 シニア・アナリスト