「宏光ミニEV」の導入成功が発火点に

電気自動車(以下、BEV)に搭載されるリチウムイオン電池の重量当たりエネルギー密度は、ガソリンと比較して大幅に低い状況です。このため、BEVで航続距離を伸ばそうとリチウムイオン電池の搭載容量を増やすほど、BEVのコストも高くなります。このため、第2回「全固体電池など次世代バッテリー開発競争に注目」で取り上げたように、自動車メーカー各社は全固体電池の開発や、交換式バッテリーのインフラ整備に積極的に取り組んでいます。

一方、逆の発想で、使用用途は近距離の移動に限定されますが、搭載するリチウムイオン電池の容量を減らしてコストを削減し、BEVの販売価格を引き下げて、新たな需要を掘り起こす動きがみられます。その代表的なモデルが、上汽通用五菱汽車の「宏光ミニEV」(写真参照)です。「宏光ミニEV」の4月5日現在の販売価格は3万2800元(1元=19円換算で約62万円)から、航続距離は120kmからとなっています。販売台数は図表1の通り、2020年に発売以降、1年以上経過していますが、2022年に入っても月2万台以上の販売が継続。一定の市場を確立したといえそうです。

【図表1】「宏光ミニEV」の販売台数
出所:中国汽車流通協会資料よりQUICK企業価値研究所作成

中国では、「宏光ミニEV」のほかに、北京汽車や奇瑞汽車から同様な低価格のBEVが投入されています。ロシアのウクライナ侵攻を背景としたニッケルなど原材料価格の高騰により、リチウムイオン電池のコスト上昇懸念はありますが、基調としては今後も中国の低価格BEV市場は拡大していくものとQUICK企業価値研究所では予想しています。

更に中国以外においても、安全規制が厳しくない新興国市場中心に、需要が創出される可能性があるとみています。特に注目はインドです。インドは小型車中心の市場であり、スズキ(7269)の四輪子会社マルチ・スズキの「アルト」は、32.5万ルピー程度(1ルピー=1.6円換算で52万円程度)で販売されており、その素地はあるとみています。

そのインド乗用車市場でトップシェアを握るスズキは2022年3月20日に、インドで約1500億円の投資を実施すると発表。BEV生産のための生産能力増強や、BEV向け車載用電池工場の建設に充てる考えです。低価格BEVを投入するのか現時点では定かではありませんが、今後の動向に要注目と考えています。

QUICK企業価値研究所では、コロナ禍前の2019年の新興国市場が、二輪車で5100万台程度、四輪車で4800万台程度だったことを勘案しますと、所得の向上で二輪車から四輪車への乗り換えが進むこと、もしくは高齢化などで短距離限定の四輪車への需要シフトがあると考えれば、低価格BEVは将来的に少なくとも年間1000万台程度の市場規模に拡大する余地はあると予想しています。

安全基準厳しく先進国での需要拡大は限定的とみる

一方、先進国においては、現状の規格のままでは低価格BEVの市場は急速には拡大しないとみています。日本では、低価格BEVに該当する超小型モビリティの規格が制定されています。代表的なモデルはトヨタ(7203)の「C+pod(シーポッド)」です。しかし、「C+pod」のメーカー希望参考価格(税込み)は165万円からとなっており、「宏光ミニEV」の販売価格と比較して割高です(図表2参照)。なお「C+pod」は、現時点ではリース専用車であり、本格的な個人向けは同社のサブスクリプションサービス「KINTO」での取り扱い開始からの予定です。

【図表2】「宏光ミニEV」と「C+POD」の主要諸元比較
出所:各社資料よりQUICK企業価値研究所作成

また、今後注目したいのは、出光興産(5019)の取り組みです。出光興産は2021年2月、自動車販売や自動車の設計・開発を手がけるタジマモーターコーポレーションの関連会社タジマEVに出資。タジマEVは2021年4月に、出光タジマEVへ商号変更。出光タジマEVは、出光興産の全国のサービスステーションネットワークと、素材開発技術、タジマの車両設計技術を融合して超小型モビリティを開発し、2022年に超小型モビリティを用いたサービス開始を予定しています。

シェアリングや定額で利⽤可能なサブスクリプションサービスを導入し、分単位から数年単位まで利用できるサービスプランとし、年間100万台程度の新たな需要を創出するとしています。QUICK企業価値研究所では、BEVのビジネスは「単に作って販売する」形で収益を稼ぎ出すのは難しいとみており、BEVに付随したサービスでマネタイズできるのか注目しています。

(※)「宏光ミニEV」の写真は、QUICK企業価値研究所撮影。