エネルギー大国ロシアの存在感

エネルギーの価格が上昇している。足元では、ロシア・ウクライナ情勢の緊迫化が、価格の上昇に寄与しているようだ。事実、ロシアのエネルギー市場における存在感は大きく、供給途絶が起こった場合の影響は計り知れない(図表1)。

【図表1】世界輸出に占めるロシアのシェア(2020年)
出所:BP Statistical Review of World Energy July 2021から丸紅経済研究所作成

特に、ロシアへのエネルギー依存度が高い欧州の影響は深刻だ。EU27ヶ国の輸入に占めるロシアのシェアは、原油27%、天然ガス41%、石炭47%(※1)と圧倒的で、なかでも、商品の特性から輸送制約の大きい天然ガスは、以前から安全保障上の理由により、ロシア依存度の高さが懸念されている(※2)。

情勢の緊迫化が供給不足による価格上昇を助長

ところが、供給が途絶した場合に一番影響が深刻になるはずの欧州天然ガスの価格は、ロシア・ウクライナ間の緊張が高まる中、年初以降、むしろ下落方向にあった。これは、2021年来の価格高騰の背景にある、欧州の天然ガス在庫のひっ迫感が、一時期よりも緩和されたためだ。

一方、原油は2014年以来の高値を更新し、2月24日には一時1バレル100ドル台まで上昇した。しかし、その上昇速度は2021年から続く巡航速度の域を出ていない。原油も経済協力開発機構(OECD)諸国の原油在庫が過去5年レンジを下回る状況が続いており、2021年来の上昇の背景には、供給不足懸念の高まりが存在する。

【図表2】原油と欧州天然ガス価格の推移(終値ベース)
出所:Refinitivのデータから丸紅経済研究所作成

ロシア・ウクライナ情勢の緊迫化が、これらの供給不足観測に起因する上昇や高止まりを助長していることは想像に難くない。しかし、現時点では、実際にロシアからのエネルギー供給がすぐに止まるという事態は考えにくいという見方が優勢であり、その程度は抑制されているようだ。実際にロシアからの供給途絶が現実のものとなれば、価格は今のレベルにとどまらず、高騰する可能性が高いだろう。

将来的なエネルギー価格の上昇に寄与

また、ロシア・ウクライナ情勢の緊迫化が、将来的なエネルギー価格の上昇に寄与する可能性もありそうだ。米欧諸国はロシアに対する経済制裁追加を表明しているが、その中でエネルギーの視点から特に注目されるのが、ロシア産天然ガスを直接ドイツに運ぶ新しい天然ガスパイプライン、ノルドストリーム2に対する制裁だ。

ノルドストリーム2は2021年9月に完成したものの、ドイツ当局による承認を得られず、未だに稼働していない(※3)。そして、米国とドイツはロシアによるウクライナ侵攻に対し、制裁措置としてこのパイプラインの稼働を阻止する姿勢を示した(※4)。

欧州天然ガス価格は、冬季の需要期を超えれば価格は軟化に向かうとの観測がある。しかし、ロシア・ウクライナ情勢の緊迫化がノルドストリーム2をはじめとするロシア産ガスの欧州への供給縮小リスクを高め、天然ガス価格を過去に比べて高止まりさせる可能性がある。

さらに、天然ガスの価格が原油や石炭よりも相対的に高い場合は発電燃料シフトが起こり、原油や石炭の需要を増加させる(※5)。脱炭素の推進から上流投資縮小観測が高まる中、需要だけが拡大すれば、エネルギー価格の上昇は避けられない。

脱炭素推進に影

今回のロシア・ウクライナ情勢は、ロシアによるNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大の抑止という、安全保障上の問題が最大の争点だ。しかし、エネルギーの視点でみると、欧米側には欧州のロシア依存度の高まりが米国の同盟国である欧州諸国の脅威となることを抑制したいという、もう1つの安全保障の問題がある。

また、脱炭素の推進で将来的な需要縮小が見込まれる中、世界第1位と第2位の産ガス国である米国とロシアによる、大需要地である欧州の需要確保をめぐる争いの一面も透けて見える。

欧州は、気候変動対策の強化から石炭発電を縮小させてきた。再生可能エネルギーを大きく増加させたが、再生可能エネルギーは出力が不安定であり、調整電源としての天然ガスの重要性は増大した。

そして、欧州におけるロシアからの天然ガス輸入量は、一時期を除いて拡大した。欧州は、ロシアへの天然ガス依存度を下げたいという思惑がありながらも、特に近年は、逆に依存度を高めてきた。

裏を返せば、安価なロシア産ガスが、欧州の脱炭素加速の根底にあったとも言える。今回のロシア・ウクライナ情勢の緊迫化を契機に、欧州がロシアからのエネルギー依存の脱却を加速させた場合、ロシア産ガスの穴を再生可能エネルギーで賄うことは、短期的にはほぼ不可能だ。

米国産LNGの輸入増加が見込まれるが、LNGは液化・再ガス化コストがかかる上、輸送コストもパイプラインガスよりも高く、安価なガスにはなりそうにない。

国際エネルギー機関(IEA)は、1月に発表した四半期レポートで、2022年の欧州天然ガス需要が前年比で4.5%縮小し、石炭発電が増えると予測した。天然ガスの価格高騰により、発電燃料として石炭が経済的に優位になったためだ。2021年は、欧州において石炭火力発電は前年比11%増加したのに対し、天然ガス発電は1%縮小したと分析している。

ロシア・ウクライナ情勢の緊迫化は、間接的に、脱炭素の推進に影を落とすことになるかもしれない。

(※1)EU27ヶ国のシェアは2019年時点のもの(Eurostat)
(※2)EUは2006年の第一次ロシア・ウクライナガス紛争(ロシアとウクライナの天然ガス契約更新に関わる紛争)に起因するロシア産ガスの供給縮小を機に、エネルギー安全保障という観点でロシア産ガスへの依存度低下を目指している。
(※3)承認にはEUガス指令の規定である、ガスの供給と輸送の分離、第三者へのガスパイプライン利用解放、などを満たす必要がある。ドイツは自国の天然ガス供給を確保したい考えだが、他のEU諸国への配慮などから、2021年11月16日にドイツ規制当局がこれらの認証手続きの一時停止を発表、承認作業が進んでいない。
(※4)米国のバイデン大統領は、2022年2月7日、ドイツのショルツ独首相の会談に際し、ロシアがウクライナに侵攻した場合、ノルドストリーム2を終わらせると宣言。また、ドイツのベアボック外相は2月18~20日のミュンヘン安全保障会議でノルドストリーム2も制裁オプションに含まれると表明。
(※5)原油の発電用需要は少ないが、需要の4.5%程度(2019年)あり、2021年の天然ガス価格上昇時には代替需要が発生した。

 

コラム執筆:村井美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所