先週も安全資産としての金への買いが先行し、米金融市場では金価格が上昇

先週(2月14日~18日)のニューヨーク市場の金価格(金先物相場、以下NY金)は週間ベースで57.7ドル高、3.1%の上昇と2021年5月以来の上昇率になった。2月に入り先週末18日までに103.40ドル、5.7%の上昇となっているだけに、利益確定の売りも出やすいといえる。

ウクライナ情勢の緊迫化を受け安全資産としての金への買いが先行する1週間となった。週初2月14日のニューヨーク市場では、ウクライナ情勢に関連した様々な報道が飛び交う中で、ロシアによる侵攻が2月16日に開始されるという具体的な内容のものまで飛びだし、マーケットを刺激した。その結果、2021年11月17日の終値ベースでの高値1,870.20ドルを突破し1,876.50ドルまで買われることになった。

市場ではウクライナ情勢について、発生した際のダメージの大きさから米・ロシア双方ともに軍事衝突は望んでいないという見方も根強いことから、外交的解決を図ろうとする動きが伝わると金市場では売り優勢の流れに転じる場面が見られた。一方で警戒感も強く、下値も限定的なものとなっている。

先週末2月18日には、ブリンケン米国務長官が国連安保理会合にてロシア外相との会談を欧州で開くことを提案し、ロシア側が来週後半の開催を要望と伝わったことが、売りの手掛かりとなった。一時1,888.00ドルまで水準を切り下げたが、下値は積極的に買われる状況にある。時間外での電子取引で買い直される形となり、1,900.80ドルで週末の取引を終了した。

材料性の薄かった1月のFOMC議事要旨

一方、週央2月16日に発表された1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨は、タカ派的な読みに傾いていた市場予想よりは弱めのトーンとなった。インフレ率があまりに高いことから政策金利を近く引き上げることが妥当となるとし、引き締めペースを速めることも正当化されるとした。

市場では次回3月のFOMCでの利上げが100%織り込まれており、一部では利上げ幅が0.5%になるとの見方も出ていたが、今後毎回の会合で示されるデータに沿って政策内容を判断するとした。

3月のFOMCはメンバー全員による経済予測も公表される節目の会合となることから、より具体的な方針説明はその際に行われるとみられる。総じて市場の受け止め方は、1月26日のFOMC後のパウエルFRB議長の記者会見の内容に沿ったものと見ており、金市場の関心は議事要旨よりも足元のウクライナ情勢に注がれた。

過熱する住宅市場、家賃を通しインフレ圧力に

市場に対する多くの注目が地政学リスクに向けられているが、その一方で米国経済のバブルを思わせるデータの発表も見られた。

2月18日発表された1月の米中古住宅販売戸数は年率換算で前月比6.7%増の650万戸と予想外の増加となった。予想は1.0%減の610万戸だった。

この数字以上に目を引くのは、その内容にある。データを発表している米リアルター協会(NAR)によると、家賃収入や転売益狙いの投資目的の購入が、全体の22%と前年同月の15%から上昇していることが明らかになった。投資目的の購入は現金による売買が多いとされ、現金のみの売買の割合も27%と前年同月の19%から上昇している。販売価格の中央値は、前年同月比15.4%上昇の35万300ドルとしている。

こうしたことから、初めて家を購入する「初回購入者は、市場から閉め出されている」としている。1月の販売ペースに基づく在庫の消化期間は1.6ヶ月と過去最短で、販売された住宅の79%は、1ヶ月未満で買い手が付いたとしている。

過熱した住宅市場の状況は、家賃の上昇に表れており、米消費者物価指数(CPI)を大きく押し上げ始めている。サンフランシスコ地区連銀は2月14日、「家賃上昇が2022年と2023年のCPIを1.1ポイント(%)押し上げる」との分析を公表している。根深いインフレ上昇圧力が、ウクライナ情勢などの地政学リスクとは別に、金価格の押し上げ要因となっている。

過去30年の有事性と今のウクライナ情勢から考察する金の動き

現地時間2月18日にホワイトハウスでスピーチしたバイデン米大統領は「ロシア軍が数日以内にウクライナを攻撃しようとしていると信じる理由がある。標的はウクライナの首都キエフだろう」と発言した。インテリジェンス(Intelligence、機密情報)に基づく発言だが、バイデン米大統領は「現時点で彼(プーチン・ロシア大統領)が(侵攻を)決断したと確信している」とまで記者会見で言い切ったと伝わる。

地政学リスクと金の関係は、古くから「有事の金」として語られる。かつて旧ソ連と米国が対峙していた時代に世界各地の地域紛争は、一種の米ソの代理戦争の色彩を帯びることが多かった。その時代の国際紛争は金の押し上げ要因となっていた。

しかし、「ベルリンの壁崩壊」に象徴されるPost Cold War Era(東西冷戦終了後の時代)の国際紛争は、世界経済に多大な影響を及ぼすことのない「地域紛争」との位置付けとなり、金価格の反応(上昇)は短期的かつ限定的なものにとどまってきた。

ただし、足元の一連の流れを見ていて思うのは、今回の事態は2014年3月に起きたクリミア半島へのロシアの侵攻とは趣を異にしているということである。当時は唐突に事態が起き、それに対して欧州諸国は不意を突かれる形だった。米国も同様で、周到に準備を進めた上で、庇護を求めるクリミアのロシア系住民を救うという大義名分の下でのプーチン大統領によるクリミア侵攻は、寝耳に水の話だった。

今回は欧州よりも民主主義国家の盟主として米国が当事者となり、専制国家と位置付けるロシアと対峙する構図が生まれている。すでに表明されているように、仮にロシアがウクライナ侵攻を進めた場合、対抗手段として対ロシア向けに大規模な経済制裁を課すことが予定されている。

インフレ高進が米国はじめ世界的な懸念事項になっている中で、さらなるエネルギー価格の高騰など混乱を深める点も、過去の紛争とリスクレベルが異なることから、金市場の反応も異なる可能性がありそうだ。

つまり、事態の進展如何では一過性の上昇にとどまらない可能性が出てくる。もちろん、米欧ロともに事態悪化の際の自国への影響は認識しており、停戦合意に至る可能性は残っている。

【図表】ゴールド 縦軸:円建てゴールド/グラム(単位:円)
出所:マネックス証券

今週の展望:ウクライナ情勢の影響は引き続き金市場へ波及する気配。NY金は2021年1月5日の高値1,954.40ドルを試す可能性があるか

ウクライナ情勢は一気に流動化しそうな展開となっており、引き続き金市場への影響は続き、上値追いとなりそうだ。

欧州での米ブリンケン国務長官とロシア外相を交えた会談の開催は2月24日とされるが、流動的な状況にある。東部ウクライナでは、ウクライナ政府と親ロシア派武装勢力による武力衝突が伝えられており、停戦協定(ミンスク合意)は事実上崩壊した状況にあるとみられる。プーチン大統領が「我々は状況悪化を目の当たりにしている」と発言したと伝わるなど、警戒感が高まる方向に進むことになった。

そうした状況を反映し、ロシアは2月20日に終了したベラルーシとの合同軍事演習後も、撤収する予定とされた推定3万人規模のロシア軍を駐留させる意向を表明している。理由は、ウクライナ東部の情勢が悪化しているためとしている。

週明け2月21日のアジアの時間帯での取引は、安全資産としての観点から買いが先行し1,903.50ドルで始まり、日本時間12時30分までの時点で一時1,910.80ドルの高値まで買われ、1,900ドル前後での取引となっている。この値動きを反映する形で、大阪取引所の円建て金先物価格は一時7,041円まで買われ、2020年8月に記録していた取引時間中の過去最高値(7,032円)を更新している。

先週末2月18日に米商品先物取引委員会(CFTC)が発表したNY金先物市場のデータでは、非商業筋(大口投機家)は2月15日までの1週間でネットの買い持ち(ロング)を重量換算で83トン増やしていた(オプション取除く)。軍事衝突が現実のものとなり、価格が跳ねれば、まずは初動で益出しする構えということが想定される。その後は、展開次第でFRBにならえば「俊敏(nimble)」な投資行動が求められるということだろう。

前述したように、今回のウクライナを巡る状況は、米ロ対峙の構造という点で過去30年間に起きた紛争とは様相を異にする。したがって、流動的な事態の下、金市場の値動きも不安定化する。

仮にロシアの侵攻が現実のものとなった場合にNY金は2021年1月5日の高値1,954.40ドルを試す場面が見られる可能性がある。しかし、その急騰は既にロング(買い建て)を積み増したファンドの利益確定の売りに遭遇することになりそうだ。一旦、目先の高値を付ける可能性があると思われる。その後は、原油などエネルギー価格の動向や対抗措置の内容に対する金融市場の反応を見て金価格は動くことになる。

一方、事態がこう着するならば、引き続きインフレ動向など米国を中心にした経済指標とFRB高官の政策見通し発言などを受け、1,900ドル近辺での値動きとなりそうだ。