今回、世界有数の農業機械メーカーであるディア・アンド・カンパニー社(以下、ディア)(DE)で投資家向け広報担当ディレクターを務めるジョシュア・ジェプセン氏にインタビューを行ないました。ジェプセン氏は1999年にディアに入社し、様々なポジションを経験した後、シンガポールに拠点を置くRegion 1(サブサハラ・アフリカ、インド、東南アジア、中国)のコントローラーとして活躍。直近では、インベスター・コミュニケーション担当のマネージャーを務め、IR部門を担当。ジェプセン氏にディアの技術革新や米国外でのビジネスチャンス、業界見通しの分析、資本政策などをお聞きしました。

米国における農場規模、農業機械への投資額は?

岡元 兵八郎
マネックス証券 チーフ・外国株コンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ シニアフェロー

岡元:本日はインタビューに応じていただき、ありがとうございます。

ジェプセン氏:こちらこそお招きいただきありがとうございます。

岡元:まず、米国の農業の規模を知るための基本的な質問をさせてください。米国の農家と日本の農家では全く規模が違いますよね。日本の農場は、一般的にビジネスチャンスとしても規模が小さいと思います。米国の一般的な農場はどれぐらいの大きさでしょうか。農家はどのような種類の農業機械を購入し、どれくらいの金額を投資しているのでしょうか。

ジェプセン氏:仰る通り、国や地域によって規模は非常に異なります。一般的に米国中西部のアイオワ州やイリノイ州の顧客の場合ですと、農場は約2,500ヘクタールになります。コーンと大豆をおおよそ半々で、ローテーション栽培を行っているのが一般的なプロファイルです。

ジョシュア・ジェプセンディア・アンド・カンパニー社、投資家向け広報担当ディレクター

これぐらいの規模の農場の場合、大型農業機械が必要になります。350~600馬力のトラクターで、トラクターの中にはコーンと大豆の両方を植えるための大型播種機(種まき機)が複数台含まれています。

また自走式の農薬散布機や肥料散布機は、年間を通して作物を守るために畑を走り回っています。他にも非常に大きなコンバイン収穫機があり、これで1日何百エーカーもの作物を収穫できます。

農家は投資するにあたって「目的は何か」を考える必要があります。コンバイン収穫機は1台購入するのに50万ドル以上かかりますし、散布機は25万ドルです。種まき機は大きさにもよりますが、2~40万ドル程度です。トラクターも同様に、2~40万ドルと、非常に高価なものです。ですから、これらを1台ずつ生産サイクル全体で使用すると想定すると、すぐに数百万ドルの投資が必要になります。

技術革新によって、農作業はより正確に、より精密に

岡元:農業は明らかに技術革新の恩恵を受けている産業の1つだと思います。御社の製品で行われている技術革新と、それが農業にどのように貢献しているか教えていただけますか。5年前、10年前には農業で「できなかったこと」が、今はイノベーションのおかげで「可能になっていること」の例を教えてください。

ジェプセン氏:確かに農業ではテクノロジーの導入が進んでいると思います。テクノロジーの導入と同時に、データの導入も進んでいます。 

テクノロジーのおかげで農家ができるようになったことの1つとして、すべての作業をより正確に、より精密に行えるようになったことが挙げられます。農業機械が畑を走行するだけでも、GPSが機械を誘導していると考えて良いでしょう。

例えば、種まき機を牽引するトラクターがあれば、農家は自分のやるべき仕事に集中できます。作付けの仕事では、運転どころかハンドルすら握る必要がありません。決められたパターンに沿って進むので、直線的に進むことにも不安はありません。農家は、種子を無駄にしないためにも、作付け量をきわめて正確・精密に把握する必要があります。

また、肥料や農薬の散布においては、機械がどこで曲がるのかを把握し、ターンコンペンセーション(回転補正)を行うことができます。散布機では外側よりも内側がゆっくり動くことで、既に散布された場所に重ならないようにすることができます。

さらに、この技術によって農家は収穫量や収益性を最適化するために必要な作業を非常に正確かつ短時間で行うことができます。

作付けについて考えてみてください。過去を振り返ると、10年前の農家の人々は「15日以内に植え付けを行いたい。15日以内に植えられれば、すべてがうまくいくはずだ」と考えていたでしょう。今日では、より優れたデータ、情報を活用できます。

農家の多くは、5~7日以内の植え付けを望んでいます。これらの作業をより正確かつ迅速に行えるようになったことで、様々な判断を下せるようになりました。最終的には、より少ない投入量でより多くの生産量を上げられるかどうかを検討できるようになりました。

具体的な例として、私たちは4年ほど前に「ExactEmerge Planter」という高速種まき機を発売しました。これにより農家の植え付け速度が2倍以上になりました。つまり、それまで時速4.5マイルだったのが、時速10マイルになったのです。

植え付けのスピードが約2倍になったのと同時に、土壌の適切な深さに種を置くという点でも、従来機よりさらに正確に植え付けられるようになりました。また、種と種の間の適切な間隔や、種の割合を調整することもできます。これにより、作業をより迅速に行えるようになりました。春の雨天などの厳しい気象条件は、農家にとってコントロールできないリスクとなるため、作業の速さは極めて重要なのです。

しかも使用する種子の投入量がより正確になるだけでなく、作物が地面から出てくるときの発芽が良くなり、収穫量の向上にもつながります。

生産性向上はCO2削減にもつながる

岡元:5年前、10年前に比べて生産性の向上を実感していますか。

ジェプセン氏:はい。弊社の昨年(2020年)の「サステナビリティ・レポート」(ディア社の年次レポート)では、市場に出回っている既存の技術を使った場合との違いについて説明しました。弊社の技術を用いると収穫量の向上とコスト削減の組み合わせにより、1エーカーあたり約40ドルの価値創出につながります。これを約2,500ヘクタール(約6,500エーカー)の農場で使用すれば、顧客にかなりの価値をもたらすことができます。

これは、ほぼ100万マイルのCO2削減に匹敵します。つまり、より正確に、より精密に、そして大幅にCO2を削減できるのです。ですから、サステナビリティの観点からも非常に魅力的だと言えるでしょう。

機械の改善やカスタマーサポートにビッグデータを活用

岡元:農業に関するビッグデータをどのくらいの期間蓄積しているのでしょうか。また、そのようなビッグデータを活用・分析をする場合としない場合では、農家の生産性にどのような違いが出るのでしょうか。

ジェプセン氏:私たちは10年以上前にテレマティクス、つまり機械に通信接続性を持たせる機能を導入しました。機械のデータを収集し、どのように動作しているのか、問題や故障モードはあるか、ある場合それは何か、などを分析します。

また、農学的なデータも収集しています。つまり、どのように仕事をしているのか、どのような状況で仕事をしているのかといったことです。これらの情報を、より優れた機械を作るためやカスタマーサポートの面で活用することができます。

また、蓄積されたデータにより、機械に一定のレベルや状態が見られると故障を予測できるので、販売店が事前にメンテナンスを行うことができます。

これらはオペレーターによる判断を奪うことになりますが、すべての機械を規定の寸法どおりに作りあげることで機械や仕事を自動化し、これまで以上に生産性を高められます。 

労働力不足を補う農業機械の自動化

岡元:自律走行技術が導入されているのですね。

ジェプセン氏:自律走行の組み合わせだけではなく、実際に仕事を自動化することも、大きな課題の1つです。今日、農家の方々は、ほとんど機械を運転していません。私たちがGPSガイダンスと呼んでいるものは、具体的には機械の誘導、運転、そして回転させることに使われています。

オペレーターはハンドルには触れずに、自分のやっている仕事を監視しています。例えば、作付けをしている場合は、モニターで状況を確認しながら調整します。これらを自動化すると、オペレーターの手からそのような調整作業が取り除かれ、機械が行うようになります。これは農家にとって非常に大きな価値を生み出します。

というのも、現在農家が直面している課題の1つに、熟練した労働力不足があるからです。特に農村部で顕著です。ですから熟練度の低いオペレーターでも、自動化することによって、より良い結果を得られるのです。それは非常に重要なポイントなのです。

そして、すべての判断を自動化した後は、完全な自律性を追求することになります。機械の自律性の大きな利点は、オペレーターを排除することではなく、実行すべき限られた時間内に仕事を終わらせることにあります。

岡元:トラクターは通常どのくらいの時間、農場で稼働しているのでしょうか。

ジェプセン氏:農場の規模や仕事の内容にもよりますが、作付けの季節には12~18時間ほとんど休まず動いていることも珍しくありません。忙しい季節になると、広範囲をノンストップで稼働し続けます。

>> >>特別インタビュー【2】米農業機械大手ディア(DE)の資本配分戦略、北米外でのビジネスチャンスは?

本インタビューは2021年9月22日に実施しました。