会社四季報の情報から意外な気づきも

会社四季報でよく読まれる箇所は「業績記事欄」だと言われます。会社四季報の編集部が取材に行って四半期ごとに掲載する短評は、特に小さい企業であれば参考になることも多いものです。また、特色欄は簡単にその企業の強みを確認できるため、この情報を活用している方も多いでしょう。

例えば、「溶解アセチレン最大手。接着剤、塗料等ファイン育成。環境等の新技術開発に積極的。好財務」、「九州主体に西日本が地盤の食品卸売り大手。量販店の物流受託事業、住宅・建材などに多角化」、「車用品『オートバックス』、食品『業務スーパー』をFC展開。野菜直売や外食、アジア進出も意欲」などと記載されており、このような特色を見ると、「へぇ、こういう企業もあるんだ」と思います。皆さんは、これらを聞いてどの企業の特色か分かりますでしょうか。

これらは、高圧ガス工業(4097)、ヤマエ久野(8108)、G-7ホールディングス(7508)です。なかなか特色だけで想像がついた方は少ないのではないでしょうか。そして、様々な企業の特色を見ていくと、日本株の中にも、それほど知名度がなくても「世界一」の企業や魅力的なビジネスを展開している企業が多いことにも気づくと思います。

会社四季報の基礎欄には業績記事や特色以外にも様々な情報があります。「連結事業」は特色と合わせてその企業の力点が確認できます。「銀行」は取引銀行、「証券」には証券取引所、監査法人、幹事の証券会社などが書かれています。

また、「本社」の場所もその企業の特色が表れていて面白いものです。トヨタ自動車(7203)のトヨタ町、ファナック(6954)の山梨県南都留郡忍野村、ファーストリテイリング(9983)の山口市などが、その例です。同県の地銀の本店の場所を比較することなども、なかなか楽しいものです。どの街もそうですが、東京も街ごとに色があり、この企業はここに本社があるのか…などと思うこともあるでしょう。

証券欄の「株主名簿管理人」に信託銀行の名前が多いワケ

さて、そのような情報の中で分かりにくいのは証券欄の「株主名簿管理人」でしょう。[名]として書かれており、三菱UFJ信託銀行、三井住友信託銀行、みずほ信託銀行など信託銀行の名前が多数見られます。これは、かつては名義書換代理人と呼ばれ、上場企業の株式事務を代行している企業です。具体的には、株主総会の招集・運営、配当金の支払い、各種株主向け書面の発送の代行などを行っており、株主優待の発送業務等も行っています(そのため、例えば株主優待品が未着の場合、多くは上記の信託銀行に問い合わせすることになります)。

さらには、株主総会でどのような質問が出やすいかなどのコンサルティング的な業務も行っているのです。要は上場会社の上場しているがゆえに発生する事務の多くを担っていると言えるでしょう。このような業務のことを総称して、証券代行業務と言います。銀行・証券・監査法人…といった金融業の中ではニッチな存在ではありそうです。

かつては、証券代行業務を自社で行っている企業もありましたが、業務の専門性が高いことやボリュームメリットも大きいため、そのような企業は(筆者の知る限り)現在ではなくなっており、ほぼ代行会社に委ねています。さきほど例示したように、これらの業務は伝統的に信託銀行が強く、例えば旧東洋信託銀行は特に強みを持っていました。これは同行が三和銀行・神戸銀行・野村證券により設立された銀行で、野村證券の証券代行業務を引き継いでいることが大きいように思います。しかし、2000年代以降に東洋信託銀行はUFJ信託銀行となり、旧三菱信託銀行と合併し、現在の三菱UFJ信託銀行となりました。

同じように、旧住友信託銀行、旧三井信託銀行、旧中央信託銀行は現在の三井住友信託銀行です。三井住友信託銀行は日本証券代行と東京証券代行という証券代行の専門会社も買収しています。結果的に、これにみずほ信託銀行を加えた3社が国内の証券代行業務を牛耳っていると言ってもいいでしょう。

信託銀行が中心の三井住友トラスト・ホールディングス(8309)の決算によると、同社の証券代行セグメントの実質業務純益は200億円を超え、約250億円の不動産と並ぶ事業です。同社の個人トータルソリューションセグメントの業務純益は約150億円ですので、それを上回るビジネスになっているのです。また、経費に対する業務純益を見ると、収益性も高いように見えます。

証券代行業務に参戦しているIRジャパンがダブルテンバガーを達成

あまり目立たないビジネスですが、上場企業は原則全社が利用しており、今後上場企業が増えるほど広がっていくビジネスです。実はこのマーケットは上記の3社が圧倒的な存在ですが、ここに参戦している新興企業がアイ・アールジャパンホールディングス(6035)です。事業会社であるアイ・アールジャパン(以下、IRジャパン)は2007年に設立され、2012年に証券代行業務に参入し、現在72社の受託を決定しているということです。

上場会社は約4,000社あり、残りの企業を上記の3社が分け合っていることを考えると、IRジャパンの規模は小さいですが、面白いビジネスを手掛けていると言えるでしょう。同社は2016年末には564円ほどの株価でしたが、直近の株価は13,000円を超え、テンバガーならぬダブルテンバガーを達成しており、このようなビジネスは収益性などからも注目が高いと言えるでしょう。

IRジャパンがSMBC信託銀行と証券代行業務で業務提携契約を締結

そして、同社が直近でSMBC信託銀行と証券代行業務で業務提携契約を結んだことが注目されています。SMBC信託銀行はメガバンクの三井住友銀行系の信託銀行で、複雑ですが三井住友信託銀行とは別会社で基本的には資本関係はありません。三井住友フィナンシャルグループ(8316)と三井住友トラスト・ホールディングス(8309)は別会社だからです。そして、SMBC信託銀行は三井住友信託銀行が力を入れている証券代行業務に参戦、その際のパートナーとしてIRジャパンを選んだということになります。

3社の存在感からも分かるように、証券代行業務はスケールメリットが大きな業務です。ここに新規参入するからには大きな違いを出す必要があります。IRジャパンは従来の証券代行機関と一線を画する点として「アクティビスト・敵対的TOBからの企業防衛」を挙げています。企業防衛が目的化することは株主目線で良いことなのかという点は気になりますが、三井住友フィナンシャルグループが新たに新興企業と組んで参戦しようと思うほど、アクティビストの存在感が大きくなっていると言えそうです。

IRジャパンホールディングスは時価総額が2300億円と、売上高(経常収益)で100倍を超える巨艦、三井住友トラストホールディングスの1.3兆円と比べても存在感を感じる水準になってきています。これは同社への期待を示すものでしょう。同社は「株式議決権の力-Power of Equity」を基軸にビジネスを進めているとのことで、同社への期待はまた、株主の力への期待を示しているとも言えそうです。