6月末、日立製作所(6501)元社長の中西宏明氏が亡くなられました。同氏は2010年に社長に就任、2014年に会長に就任し、直近まで会長を務めていました。同氏は日本企業の代表とも言える日立の経営を大きく変え、その業績を立て直したと言われています。社長就任前の2009年3月期決算で当期利益が8000億円近い赤字に陥った日立は、2021年3月期には経常利益・当期利益ともに過去最高に達しています。

この10年の競合比較を見ても、日立は経営の混乱が続いた東芝(6502)より大きくパフォーマンスが良く、相対的に好業績だった三菱電機(6503)もこの1年で大きく引き離しています。日立はどのような道を歩んできたのでしょうか。

【図表1】日立製作所(青)、東芝(赤)、三菱電機(緑)の株価比較チャート(10年)
出所:マネックス証券

この10年間の日立の数字を見ると興味深いことがあります。8000億円近い損失を出した2009年3月期決算の売上高は10兆円を超えています。一方、過去最高益の2021年3月期決算では売上高は9兆円に満たない数字で売上はむしろ減少しているのです。以下のグラフを見ると、売上(青色の棒グラフ)が減少傾向である一方、経常利益(緑色の線)が伸びてきていることがよく分かります。

【図表2】日立製作所の2007年3月期以降の決算推移
出所:マネックス証券銘柄スカウター

日立製作所が過去最高益を達成したワケ

それもそのはずで、かつて本業である重電を中核に幅広くビジネスを展開していた日立は、IT・エネルギー・社会インフラビジネスに集中することを決め、それらと関連度の低い事業の売却を進めてきたのです。直近決算で過去最高益を達成したのは、コロナ禍でその事業選択が功を奏したためです。それらの事業で存在感を示すことができたのは、従来の日立の持つ力を発揮できる分野を維持したからでしょう。事業の幅を減らすことは売上の減少につながりますが、より競争力のある事業に集中することで利益を伸ばしていったと言えます。

日立と言えば、同社グループがスポンサーを務める番組で放映される「日立の樹」のテレビコマーシャル(CM)を思い出される方も多いかも知れません。同社グループの社名が一覧で流れるこのCMは壮観です。これは同社がいかに幅広い事業を行っており、様々な海外・国内地方の販売会社が同社の広大な営業網を有していると感じさせるものだったと思います。

同CMが掲載されているYouTubeのコメント欄を見ると、「同社グループに勤務していた父親が勤務先の社名が表示されるのを誇りに思っていた」といったことも書かれており、大きな木も相まって古き良き日本の企業、日本のCMを思わせます。同様にYouTubeでは、ダイエーのグループ一覧CMも掲載されており、それらを観ると事業の拡大に重きが置かれた時代の背景が感じられます。

「日立の樹」は当時、日立グループの日本コロムビアからCDが発売され、同社の携帯電話端末には同曲の着信メロディが標準搭載されていました。しかし、日本コロムビアは2000年代前半に日立の系列から離れ、ご存知のように携帯電話事業もカシオ計算機(6952)との合弁がNEC(6701)の携帯電話事業と統合、のちにNECが完全子会社化したため、日立としては事業を終了しています。

「日立の樹」で流れた企業は今、どうなっている?

日立製作所は「日立の樹」オンラインというウェブサイトを運営しており、「日立の樹」CMの過去からの一覧も確認できます。同サイトのバブル期直前の第5代CM(1982-1984年)で流れる企業一覧の中の企業が現在どうなっているかをまとめてみました。

【図表3】第5代「日立の樹」CMに出てきた企業の現在
出所:筆者作成

同CMでは日立製作所も含め、約50社の社名がテロップで流れます。基本的にはグループ内での売上高など重要度順に並んでいたようで、日立御三家と呼ばれる日立グループの中核3社が最初に表示されます。そして、御三家は既にすべて日立グループを離れているというのが印象的です。

後半に流れる企業は情報も少なかったため、表示順に35社をピックアップしています。現時点で同社グループ内に残っている企業を○、部分的にグループ内に残っている企業を△、グループ外になっている企業を×としています。なお、企業の再編にあたっては一部事業の切り出しなどもあり、現状の評価については様々な見方ができます。また、確認漏れなどもあり得ますので、この分類が唯一・正確というものではないことをご了承ください。一方、大筋は変わらないように思います。

こうして見ると、重要度の高かった上位の企業ほど日立グループに残っていないことが分かります。これには様々な経緯があると思いますが、金属・電線、化学、建機などの企業は日立グループが注力するとしているIT・エネルギー・社会インフラビジネスに直接つながっていない一方、それぞれの事業が単独で成立していたため、売却しやすかったからだと思われます。

逆に下位にあった日製産業や日立エレベーターサービス、日立電子サービスなどはIT・社会インフラを担う本業としてグループ内に取り込んでいったようです。また、熱器具・照明・家電販売・冷熱住設などで分かれていたものは1つの企業に統合されているようです。

これら多くの企業の統合・再編は2000年代に入って進んできており、大型の事業売却などは2010年代以降に進められています。これは国内でも有数の従業員数、グループを誇っていた日立グループも2000年代に入り、日本経済の停滞が続く中、事業の見直しを進めることで業績の改善を進めざるを得なかったことを示しているように思います。そして、2008年から2009年にかけてのリーマンショックなどでいよいよ業績が悪化し、日立グループの抜本的な立て直しが進められたのが2010年以降です。

中西宏明氏の功績とアクティビズムが通ずる点

まさにその時期の社長・会長を務めたのが中西氏で大胆な売却も進めていったと言えるでしょう。その結果、日立は過去最高益に達するなど、復活を果たしたのです。中西氏が進めた事業の見直しや再編はアクティビストが求めるようなことに通ずると気づかれた方も多いのではないでしょうか。

おそらく日立グループもそうだったように様々な経緯やしがらみがあってグループは形成されています。「御三家」と呼ばれるような企業を分離することは、様々な利害関係者との摩擦も多かったのではないかと思われます。逆にそのような課題を乗り越えて改革を推し進めたからこそ、中西氏が評価されるのだろうと思います。また、そのような改革が難しい例も多く想像できるように思います。

「御三家」的な存在の企業の収益性が落ちる中でグループから外に出す決断が難しい企業はいくつも想像がつくように思います。中西氏が評価されることは、アクティビストなどしがらみのない外部の動きが期待されていることも示しているように思います。

「日立の樹」オンラインのトップには「日立の樹」の作詞家伊藤アキラ氏、作曲家小林亜星氏の逝去とお悔やみの意が伝えられています。この曲のメロディラインや歌詞に古き良き日本を想う方も多いのではないでしょうか。

同曲のCMの最後のナレーションはかつて「みんなが集まって、みんなが持ち寄って、新しいものに取り組んでいます。」で始まっていましたが、今は「人に、社会に、次の時代に、新しい風を吹き込んでいます。」に変わっています。前者が内向き(自分たちが主)に思われるのに対し、後者は外向き(お客さまが主)になっているように感じます。名曲のメロディラインや歌詞は変わらないものの、その中身は着実に進化しているように思われます。