東芝の株主総会をめぐる調査報告書が公表

昨日(6月10日)、アクティビストに対する評価を考える上で、非常に参考になりそうな調査報告書が公表されました。各種報道にもある通り、東芝による2020年7月の同社定時株主総会の運営が公正だったかどうかの調査報告書です。同報告書は121ページという分厚い紙面で、なかなか読み込むのも大変ですが、当時の東芝経営陣がアクティビスト中心の株主に対してどのように動いたかを丹念に調査しており、非常に内容の濃いものとなっています。

東芝の同株主総会はエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(以下、エフィッシモ)などのアクティビスト(株主側)と経営陣(会社側)が対立しており、株主側は一部の現経営陣の取締役続投に反対し、独自の取締役を送り込もうとしていました。結果的にぎりぎりで会社側提案が採用されました。本総会については過去に以下の記事で取り上げています。

●東芝株主総会の結果とアクティビストの動き(2020年8月4日)

これまでに指摘されていた疑念

しかし、同株主総会については、その後、いくつかの疑念が持ち上がっていました。具体的には以下のようなものです。

(1)適切に送付されたはずの議決権が行使されておらず、事務手続きに作為があった
(2)一部の投資家に対し、経営陣が役所を通じて議決権行使の上で圧力をかけた

いずれも本報告が出る前に報道されていたもので、ご覧になった方もいらっしゃるかも知れません。

(1)については一部の投資家が議決権行使に十分な時間をもって、郵送で議決権行使を行ったが、その議決権行使が議決に反映されていなかったというものです。これは議決権行使などの事務手続きを行う株主名簿管理人の事務処理の方法に問題があったもので、株主名簿管理人である信託銀行からの発表もありましたので、ご記憶の方も多いように思います。

これは東芝に限らず、議決権行使の締め切り間際に到着した議決権行使書が長年の慣行で正しく処理されず、本来有効な議決権行使が行われていなかったというものです。信託銀行による調査の結果、総会の結果には影響がなかったと既に発表されていました。

(2)については、もともと報道ベースで疑惑が囁かれていたものでした。例えば、2020年12月23日付けロイターの記事で「今夏の東芝株主総会、経産省参与がハーバード大基金に干渉=関係者」というものがあります。これはニュースソースを匿名としていますが、タイトル通り、経済産業省参与が東芝の大株主であったハーバード大学基金に対し、議決権を行使しないことを求め、最終的に同基金が議決権行使を断念したというものです。

経産省と組み議決権行使を妨害したという結論

では、報告書ではそれらの疑念について、どのように報告されているのでしょうか。118ページの結論では「東芝は、本定時株主総会について、経産省といわば一体となり、エフィッシモの株主提案権の行使を妨げようと画策し、3Dの議決権行使の内容に不当な影響を与えようと画策し、さらには、HMC(筆者注:ハーバード大学基金)についてはその議決権全てを行使しないことを選択肢に含める形で投票行動を変更させる交渉を行うようM氏(筆者注:経産省参与)に対して事実上依頼した。よって、本定時株主総会が公正に運営されたものとはいえないと思料する」とされています。

エフィッシモと3Dはいずれも東芝に投資していたアクティビストです。つまり、東芝の経営陣が経済産業省とともにアクティビストの議決権行使を妨害しようとしたという結論になっているのです。先ほど取り上げた(2)の疑惑は大筋正しかったということです。なお、報告書では(1)については適正な処理はされていないが、それは悪意があってのものではないと結論づけています。

しかも、経済産業省はハーバード大学基金に対して議決権行使を行わないように改正外為法を持ち出していました。同法は2020年に改正されたもので、外国投資家が1%以上の株式を取得する場合に事前届出が必要というものです。これは国の安全を脅かすことのないようにする目的で改正がされたものです。

米国においても中国企業や中国資本に対し一定の規制がされており、法律措置自体の必要性は理解されるものでしょう。一方で、外国投資家はそのような法令により、投資が行いにくくなります。そのため、同法では事前届出の免除などのルールを設けています。その免除ルールが恣意的に運用されることが懸念されていましたが、今回はまさにその運用を持ち出して大学基金に対し、議決権行使を妨げたのです。

同報告書にもあるように改正外為法は「アクティビスト排除法ではない」と明言されているものです。外国投資家が国の安全を脅かさないことは、国民の多くが期待することです。一方、国会審議で同法は健全な株主との対話を阻害するものではない、として成立したものです。たとえ経営陣と対立する株主であってもその対話の促進や緊張が阻害されてはいけない、というのが同じく国民の期待するところと言っていいでしょう。

本報告書で書かれている経営陣・経済産業省の動きはそのような法の目的をないがしろにするものです。万人が投資しうる上場企業の法に基づく動きに反する行為を、行政が支援していたのは衝撃です。このような動きは結果的に本来の法の目的である「国の安全を脅かさない」を危うくしうる行為も言えると思います。

このような不透明な動きが企業・行政の連携で行われるということになると、海外投資家は不利の分だけ投資を避けようと思うでしょう。そして、これらの動きは企業自体の利益ではなく、経営陣自身やその関係者の利益のために行われていると考えるのが自然です。内輪の論理のために東芝のような大きな20万人以上の株主を有する組織が動かされているというのは、大げさに言えば国にとっての損失ということになるのかと思われます。

アクティビストの働きかけによって企業の問題が明るみに

今回の報告書は2021年3月の臨時株主総会で2020年7月の株主総会の調査を行うことが決議されたために出てきたものです。この臨時株主総会を主導したのはアクティビストでした。一般的にアクティビストに対して悪いイメージがあるように思います。しかしながら、実態を見てみると、今回のケースのようにアクティビストの動きがなければ、このような企業の問題は出てこなかったのです。

本コラムで繰り返し述べているように、アクティビストなどの適切な牽制が企業をより良くしていくのです。逆に言うと、このような牽制・規律がないと、経営陣は良くない動きを行ってしまうことが少なくないのではないでしょうか。