2月12日付コラムでは東証の市場改革について説明しました。現在、東証一部、二部、マザーズ、JASDAQと別れている市場区分が「プライム市場」、「スタンダード市場」、「グロース市場」という新しい区分に変更されます。現在の東証一部にあたるのは「プライム市場」です。ただ、上場基準が同じではないため、それらの市場変更を意識して、企業の配当や株主優待などの還元方針も変わりうるのではないかとお伝えしました。

今回から2回にわたって、東証の市場改革に伴ってどのような銘柄に注目できそうかを解説したいと思います。

「流通株式数」の定義の変更

今回の市場改革にあたってはガバナンス上、重要な変更が行われます。それは「流通株式数」の定義の変更です。流通株式数という言葉を初めて聞いたという方も多いかもしれません。そこで、まずは流通株式数の内容やその意義を説明しましょう。

企業が発行している株のことを発行株式と言い、その数のことを発行株式数と言います。株式が上場していれば、発行されている普通株式はすべて取引所で取引が行えます。しかし、当たり前ですが、取引所でほとんど取引が行われない株式もあります。一般的にこのような株式のことを「固定株」と言います。例えば、主要株主(親会社、グループなど)が保有している株式、役員が保有している株式、企業自身が保有する株式(自己株)などがそれにあたります。

会社四季報を見てみましょう。「業績/株主構成」のタブの株主欄に浮動株という欄があり、比率が載っています。浮動株というのは流通株に似た言葉ですが、東洋経済の定義だと1単元以上50単元未満の株主の保有分を浮動株としているようです。取引所の流通株式数と合わせてまとめると、以下のようになります。

【図表】固定株・流通株・浮動株の定義
出所:筆者作成

なぜ固定株と流通株(浮動株)を分けるのか

取引所の基準はなかなか複雑ですので、会社四季報の基準は簡易にまとめて出せるようになっていると考えてよいでしょう。では、このように固定株と流通株(浮動株)を分けることにどのような意味があるのでしょうか。投資に活かすという意味では、大きく分けて2つの使い方があるように思います。

1つは取引における売り手がどれだけいるかの参考です。簡単な例を考えてみましょう。

100万株の発行株がある企業で、80万株は固定的な株主が保有しているとします。とすると、取引所で売買が行われる株は20万株ということになります。これに期間と価格帯別の出来高を合わせて考えると、例えば長年300円台だった株式が買われ出して、500円あたりまでで一定の出来高(たとえば、短期での回転売買がどれくらいかによりますが20万株をベースに目処を考えます)がある場合は、「直近で売りたい人(売れる人)はあらかた売っているので、ここから先はより高値を目処とする株主しかいなさそうだ」などと見通せます。なので、「ここから先は値上がりしやすい」、というような判断が可能になります。

もう1つは、今回の本題にもなりますが、会社の支配権を得られるかどうかです。過去の連載でもご案内したように、一定の株式を保有する株主は株主総会の招集請求権や株主総会での特定の決議の否定権を得るなど企業の支配権を握ることが可能です。もちろん、議決権は株式の保有比率に比例します。

ほとんどの株式が市場で売買されている場合は、株価が妥当であれば市場で株式を買い進めることで会社の経営権を得ることができます。しかし、固定株が多い場合、どれだけ取引所で株式を買おうとしてもある段階で売り物がなくなるわけですから、会社の支配権を得ることは不可能です。また、固定株が多いほど、売り手が少なくなり、買い集めのコストも高くなるでしょう。

逆に、企業側は第3者が経営支配権を得ることが難しいように安定株主づくりを進めてきました。極端な例が、双方がお互いの株式を保有し、お互いの安定株主になるという「持ち合い」です。

このように株主層が固定化されるほど、経営陣は株主を意識せずに経営を行うことができます。株主だけを意識した経営がよいかどうかは議論があると思いますが、企業の利益配分を得る権利があり、経営陣(取締役会)への牽制が可能な株主をないがしろにすることは、企業にとってよいことではなさそうです。

取引所は少額の投資家でも資本市場にアクセスできるようにしています。それにより、投資家層が厚くなり、企業の資金調達など経済によい作用が期待されます。それゆえ、少数株主が不利になるようなことは望まれません。つまり、固定株比率が高いことは上場株式として望ましくないのです。

これまでもこのような株主からの牽制を妨げるような行為を避けるような仕組みづくりがされてきました。そして、今回東証の市場区分変更でも、さらに固定の株主を減らすような対応が行われることになりました。

今回の変更は大きく分けて2つです。もともと市場への上場や上場維持の基準として発行済み株式に占める流通株式数の比率(流通株比率)の基準がありました。そして今回、流通株の定義が変わります。また上場維持の基準を計算する際の流通株の定義が厳しくなります。

まず、これまではその企業の株式を10%以上保有する主要株主の保有株が固定株とされていました。国内の普通銀行・保険会社・事業法人などが保有する株式は原則として固定株ということになります。

例えば、これまで親会社が30%、取引先の一般会社4社が8%ずつ(合計32%)、取引先銀行3行が4%ずつ(合計12%)、その他の固定的な株主ではない株主が(100%-30%-32%-12%=)26%を保有していた企業の場合、これまでは親会社保有分以外は流通株になっていたので、70%が流通株でした。

しかし、新しいルールの場合、最後の26%の株式のみが流通株になります。プライム市場の新規上場・上場維持基準では流通株比率が35%です。この35%自体は現在の東証一部の新規上場や市場変更の基準と変わりませんが、流通株の定義が変わることにより、このような企業はプライム市場への上場や、上場維持ができなくなります。

また、これまで上場維持基準において流通株として扱っていた一部の固定株も固定株として取り扱われることになります。いずれの変更も会社としてはプライム市場への上場を続けるためには固定的な株主を減らし、固定的でない株主の比率を増やす必要があります。

変更によって新たな投資機会も?

この固定的な株主を減らそうという動きの中で、おもしろい投資機会が出てきそうです。具体的には、現在、「安定株主」として存在している上場企業はその保有株を売却する必要が出てきます。その売却は「安定株主」側の企業の投資先としての魅力を増すことにつながりそうです。保有株の売却により、資産構成がよくなったり、株主還元の余力が生まれてくるからです。

次回は、具体的にどのような企業がそのような売却を進めそうか、それらの企業の探し方を解説したいと思います。

東証の市場改革で狙い目の銘柄は?【後編】