先週6月4日に、プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオンであったモハメド・アリ選手が亡くなりました。哀悼の意を示し、Appleのトップページには、「想像力のない人は翼を持てない」という彼の言葉が掲げられました。

これを見て思い出したのが、ちょうど同じ日に日銀・黒田総裁が口にした言葉です。ある国際会議で、ピーターパンの寓話になぞらえ、「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」と表現しました。物価や景気が思い通りでなくても、中央銀行は「前向きな姿勢と確信」をもって政策を進めるべき、との意思表明でした。

何か言ってしまったことが自己実現してしまうことを恐れ、言わないようにする「忌み言葉」は、日本に多く存在します。例えば、飲み屋の乾き物に「あたりめ」という食べ物があります。あれは、もともとは「するめ」のことですが、「する」が「お金を"する"(使い果たす)」と同じ音なので、縁起が悪いとして「する」を「あたる」に変えたものです。夏に日よけのために家に立てかける「よしず」。これも、原料は「葦」の木ですが、「悪し(あし)」に通じるので、「良しず」と言い換えています。

金融の世界の「忌み言葉」では、これらの言葉遊びよりはもう少し因果関係があります。金融政策決定に携わる人が「物価上昇2%は不可能」、などと口にしたら、人々を弱気にしてしまい、ますます買い控えや投資離れを起こす可能性があるでしょう。物価は上昇する、と言い続け、浸透させることは恐らく重要です。

しかし、何かを信じ続けるには、想像力だけでは難しく、裏付けとなる材料が必要です。2月に導入されたマイナス金利では、景気も物価も「飛べ」ませんでした。先週末時点の東大日次物価指数は前年同日比+0.74%でした。先週6月7日に発表された5月末の国内銀行貸出残高も前年同月比+0.4%と、この2年間で最低の伸び率となりました。

2%インフレ率への市場の期待は恐らく風前の灯です。弊社の2月の「個人投資家サーベイ」でも、マイナス金利はデフレ脱却に「貢献しない」と考える人が46%と、「貢献する」と答えた人の25%を大幅に上回りました。

「永遠に飛べなく」なる前に、飛ぶための「翼」となるような材料を期待しつつ、今週の金融政策決定会合を見守りたいと思います。

マネックス証券 チーフ・アナリスト 大槻 奈那