今年のビットコイン相場は投機に沸いた2017年末以来、約3年ぶりに史上最高値を更新した。大規模なハッキング事件によるイメージの悪化と、各国当局の規制強化によって売られつづけた2018年、巨大IT企業Facebookが立ち上げた通貨プロジェクト「Libra(現:Diem)」の動向に一喜一憂した2019年、そして、新型コロナウイルスをきっかけにデジタルゴールドとしての認知度向上から史上最高値を更新した2020年。このようにみると、ビットコインの価格変動は純粋に投機的な思惑だけでなく、社会の動向によっても生じていることがわかる。今年12月には欧米において新型コロナワクチンの使用も認められた。これから脱コロナへと向かっていく2021年に、果たしてビットコインはどのような値動きを見せるのだろうか。
以下では、今年に起きた社会変化とともに暗号資産業界の現在を振り返り、その未来と、来年度のビットコイン相場を展望する。
新型コロナウイルスがもたらした様々な社会変化
今年の流行語大賞「3密」が表しているように、2020年は世界中が新型コロナウイルスという未曾有の脅威に苦しめられた年であった。年始の波乱と見られた米国イラン対立が忘れ去られるほどに、今年の社会の記憶はパンデミックであふれている。しかしながら、この苦難を乗り越えた後から振り返ると、それは私たちの社会に必要な試練であったといえるのかもしれない。新型コロナウイルスは様々な社会変化を生み出した。
その一番の変化として、デジタルトランスフォーメーション(以降、DX)の促進が挙げられる。新型コロナウイルスによって私たちはビフォアコロナ時代では当たり前であった対面でのコミュニケーションが取りづらくなり、否が応でもデジタルの世界に入らざるをえなくなった。リモート勤務、リモート飲み、リモート帰省など何をするにもインターネットを介した非対面でのコミュニケーションが求められ、消費するものについてもフィジカルからデジタルへと傾いた。さらには感染予防の観点から現金の使用が自然とはばかられ、クレジットカードやスマホ決済のようなキャッシュレス化が進んだ。つまり、お金や時間といった可処分コストの大半がデジタルに割かれるようになったのである。
次に、伝統的な価値観に変化が生まれた。これまでは国や企業への信頼が何より厚かったが、新型コロナウイルスの蔓延によってそれら中央管理体の健全性が危ぶまれると、資産や事業、個人のスキルなどあらゆるポートフォリオの分散性が強く意識されるようになった。このような最中に日本の五大商社株を購入した投資の神様ウォーレン・バフェットは彼ら事業の分散性についても評価したと推察される。また、以前には数値的かつ有形の資産ばかりが評価されてきたが、コロナ禍においてソフトウェアやネットワーク、コミュニティといった無形資産がより評価されるようになった。米国IT関連株の高騰を「バブル」と指摘する声もあるが、その理由をこのような評価軸の変化に求める方が合点がいく。
これらの変化のなか、各国における大規模な財政支出も影響し、伝統的金融資産の価値が相対的に低下している。日米をはじめ各国中央銀行のバランスシートは未だかつてないほど膨れ上がっており、金融市場では国が管理する法定通貨のインフレが強く懸念されている。そのなかで逃避先として選ばれているのが流通量が有限で管理体のない金そしてビットコインであり、最近ではビットコインはいずれ金を代替すると主張する金融人も増えているが、社会的にDXや分散性の重要度が増すなかにおいては至極当然の流れである。
米国を震源とする暗号資産市場の盛り上がり
暗号資産業界に焦点を当てて2020年を振り返ったときには、前半に「半減期」のような一大イベントも通過したが、風向きが大きく変わったのは後半に入ってからだろう。
まず、「Compound」という暗号資産関連プロジェクトの独自トークンが配布直後に高騰したことをきっかけに、分散型金融サービス(以降、DeFi)が流行することとなった。DeFiとは、中央管理体なしにプログラム主導で取引所やレンディング、予測市場などの金融サービスを利用することができるもので、主にはイーサリアムという、通貨としては時価総額2位の、分散型アプリケーションプラットフォームをもとに開発されている。数年前から同様のサービスを目指すプロジェクトは存在していたが、今年に入りトークン価格の高騰が沸き起こったことで業界に詳しいコアな投資家の注目を集めた。DeFiの流行とともにイーサリアムは価格を伸ばし、同様にオラクルとして使われるチェインリンクが台頭するなど、相場全体を押し上げた一方で、2017年のICOバブルのように9月には暴落する事態も見られた。
そして、現在の米国主導相場を作り上げる契機となったのが、米国上場企業MicroStrategy(MSTR)によるビットコイン購入、そしてTwitter兼SquareのCEOであるジャック・ドーシーが企業におけるビットコイン購入の指針をパブリックに示したことである。これらの発表があった10月以降、米国では機関投資家を中心とする企業の参入が相次ぎ、米国暗号資産運用大手Grayscaleが提供するビットコイン投資信託の資産額は12月に130億ドル(1兆円超)を突破した。また、これに伴って、JP MorganやBlackRock、Alliance Bernsteinなど米国金融大手がビットコインに言及する機会も増えていき、S&P Dow JonesやCboeが来年から暗号資産インデックスの提供を開始するなど、暗号資産ETFの実現を含め、さらなる機関投資家の参入が期待されている。
また、米国では個人投資家向けに暗号資産投資の間口も拡大している。11月には3億超のユーザーを抱える米国決済大手Paypalが暗号資産決済サービスの提供を正式に開始し、米国ユーザーはPaypal内でビットコインを含む主要4通貨の売買と保有が可能になった。これによって米国では個人による暗号資産購入も拡大しており、暗号資産投資ファンドのPanteraCapitalによれば、新規発行量を上回るビットコインがPaypalとSquareが提供する決済アプリを通じて購入されている。さらに、VISAは米ドル連動型のステーブルコイン決済に対応したクレジットカードの発行を開始し、米国音楽配信大手Spotifyは暗号資産決済に詳しい人材を募集するなど、暗号資産を決済手段として利用する環境も整備されつつある。
その他、2019年のLibra構想、そして中国デジタル人民元構想を受けて本格化した中銀デジタル通貨(以降、CBDC)に関する各国取り組みも今年は盛んであった。中国デジタル人民元は10月に深圳で第1弾となる実証実験を開始し、12月には蘇州で第2弾となる同様の実験を行なった。欧米においては、CBDC発行に関しては慎重な姿勢を貫いているが、継続して研究に取り組む構えを示している。これら主要国の動きに遅れを取るまいと日本政府もまた7月に「骨太の方針」のなかでCBDCについて言及し、併せて日本銀行は行内にデジタル通貨グループを設置した。その後、10月には日本銀行がCBDCに関する取組みの方針を公表し、2021年の早期にフェーズ1を開始する予定となっている。
ビットコインがなぜ今買われているのかについては今年を振り返ってきた通りである。では、なぜビットコインは中長期的に価値が向上していくと考えられているのだろうか。その理由を単にビットコインの性質や、投資環境整備による投資家の参入、各国における金融緩和だけで語るのはあまりに近視眼的である。ビットコインは暗号資産市場の一部として、さらに言えば社会全体の一部としてその存在意義を高めている。そして、その流れは時代の変化とともに間違いなく加速していくだろう。業界の動きからその具体性について述べたい。
暗号資産というとどれもが断片的に捉えられてしまうが、それらを現実との比較でみると、単に物質と実質を並べたものであることがわかる。例えば、法定通貨はステーブルコイン、株式・債券はセキュリティトークン、不動産やアートのようなユニークなものはノンファンジブルトークン(以下、NFT)、原油のような燃料として消費されるものはユーティリティトークン、そして金はビットコインというように、これまで現実でやり取りされてきたものが暗号資産を使ってヴァーチャルにかつ分散的に表現されつつあるのである。
当然ながら、まだこれら全てが形をなしているわけではない。しかし、業界全体ではそれぞれが着実に進歩しており、特に米国では規制に準拠したステーブルコインの普及が進み、これを活用したDeFiが新たな金融サービスとして注目を集めている。来年度以降にはセキュリティトークンやNFTなどの市場も新しく生まれてくることが予想され、現実に似た一つのデジタルアセット経済圏として暗号資産市場は発展しようとしている。既存の金融市場が限界を迎えようとしている今日、投資家がこのような新しい金融市場へと流れることは不可避の現象であり、そのなかで有事の際にはビットコインが金のように意識されうることは想像に容易い。
また、この新しいデジタルアセット経済圏は現実との接点を増やすことで立体的に成長していく。前よりビットコインをはじめとする暗号資産は現実における実需に乏しいと指摘されてきたが、今や、米国のスマホネイティブ世代は日常的にPaypalやCashAppで暗号資産を売買するようになり、VISAがステーブルコインに対応したクレジットカードまでも発行しようとしている。来年にはFacebook主導の通貨プロジェクトが「Diem」として再始動するが、参加企業のSpotify然り、そのなかでこのような暗号資産市場と現実とを結び付ける動きがますます活発化するだろう。この先、これらの融和が進むことで、物質から実質へとさらに資金が流れることは言うまでもない。
その上で、業界の先を技術インフラとして支えているのがブロックチェーンであることは留意すべきであり、ビットコインに限らず、あらゆる価値の移転をよりなめらかに実現するためにも、暗号資産市場だけでなく現実におけるブロックチェーン実装の取組みが重要となる。
2021年の基本シナリオは上昇継続:抑えるべき上値と下値のポイント
最後に、直近2021年のビットコイン相場を予想する。大前提として、米バイデン大統領就任や英国EU通商交渉、東京オリンピックなどの関心ごとが今あるなかで、何より、世界的に脱コロナがいつ進むのかが金融市場全体を左右する年になるだろう。新型コロナウイルスの感染収束が視野に入るまでは各国で対策に追われ、目立った事件が起こりづらいと思われる。また、暗号資産業界について話せば、米国における機関投資家参入の流れがどこまで拡大するのかが上値のポイント、そして、ステーブルコイン規制が果たして強化されるのかが下値のポイントになるだろう。
(1)世界的に脱コロナがいつ進むのか(→)
脱コロナについては時期の予測がきわめて難しい。ワクチンの使用が承認された後でも、広く行き渡るには相応の期間を要し、執筆現在には感染再拡大を受けて各国がロックダウンの強化に動いている。しかしながら、プラスマイナスどちらを見ても極値は抜けたという予測はつく。各国におけるこれ以上の金融緩和・財政策支援は期待できず、小規模に行われたとしても市場に対するインパクトは小さいだろう。一方で、各国GDPや企業業績については経済活動とともに緩やかに回復していく見込みが高い。米FRBが2023年までの緩和方針維持を示すなかで、2021年は各国政策転換とまでは至らず現状維持、景気はやや回復の方向に向かうのではないだろうか。そのなかで、金融市場全体への追い風ムードは勢いを弱めつつも継続すると思われる。仮に、引き締め策への転換が起きた場合には反動で相場が下がることも考えられるが、それは脱コロナが進んでいるということであり、経済活動とともに適正相場へと収束していくだろう。
(2)米国における機関投資家参入流れがどこまで波及するのか(↗️)
今年は、前にも述べた通り、米国を中心に企業や機関投資家が中長期的な資産形成を目的にビットコインを購入する事例が増えた。他国に先んじて米国でそれが起きたのは、投資や金融工学が根付いた国としての文化に加えて、カストディアンやステーブルコイン発行企業の存在など、機関投資家参入の土壌が整っていたからである。今年7月に米国通貨監督庁は国内全ての認可銀行が暗号資産カストディサービスを提供できる旨の文書を発表し、今後は伝統的金融機関による参入も期待される。
そして、米国でのトレンドは欧州やアジアにも広がりつつある。英国大手資産運用会社Rufferが金の運用資金の一部でビットコインを購入し、シンガポール大手銀行DBSが顧客向けにデジタル資産取引所を立ち上げるなど、米国に倣ってこれらの取組みは来年度以降も増えてくるだろう。残念なことに規制でがんじがらめの日本では同様の取組みは見られていないが、少なからずその環境整備に向けて業界が前進するに違いない。
米国での流れが世界的に波及すれば、当然ながら相場はさらに押し上がる。
(3)ステーブルコイン規制が強化されるのか(↘️)
今年に起きた米国でのトレンド形成の裏ではステーブルコインがきわめて重要な働きをしている。ステーブルコインとは、法定通貨に連動した、ブロックチェーン基盤のデジタル通貨であるが、これを利用することでユーザーは銀行を介すことなく法定通貨としてデジタルに価値を保存することができ、また、暗号資産の売買や送金を行うこともできる。さらに、銀行預金では年率1%もつかない低金利下において、ステーブルコインの預かりは5%や10%もの高利となっており、資産運用の面でも需要が増えつつある。まさしく新しいアセット市場における現金としてステーブルコインは機能しているのである。
今年はこれを新たに取締ろうとする動きも見られた。12月に米国議会においてステーブルコインに関する新しい規制法案が提出されたと報じられた。この法案はまだ議論の途上で成立には至っていないが、来年にかけて発行体に対する目が厳しくなる可能性が考えられる。その際に、米国大手暗号資産取引所Coinbaseが発行するUSDCのような信頼に足るものであれば懸念も小さいが、現在時価総額4位かつ取引量では首位でありながら、かねてより発行体の信用が疑われてきたTetherも取締りを受けるとなれば相場への影響は避けられないだろう。ステーブルコインは各国中央銀行が発行を検討するCBDCとも領域が重なる部分があり、2019年にFacebookが各国当局から叩かれたように、CBDCの発行にあたって発行体である政府が民間のステーブルコインに対しては何かしらの対応をしてくると予想される。
他にも、米国では金融犯罪捜査網(FinCEN)が個人向け暗号資産ウォレットの規制案を発表するなど、新たな規制の動きをきっかけとする下落には警戒したい。
以上が、来年に注目すべき主なポイントであるが、これらの他にも業界では、イーサリアムを軸とするDeFiほかアプリケーション周りの動きや、Facebook主導の再始動プロジェクト「Diem」に対する各国当局の反応、CoinbaseのIPO申請に見られる暗号資産企業による既存金融市場への進出、そして個人投資家参入に寄与する税制面など、やはり来年も見るべき点が山積みである。何より金融市場においては毎年予想外の事件が起こり、おそらく来年も何か思いも寄らない「吉」か「災」が訪れるだろう。それによって投資家は一喜一憂するだろうが、特にビットコインに関しては目先の価格変動に踊らされないよう気をつけたい。
本レポートの締めくくりとして、筆者の2021年価格予想を述べる。
【基本シナリオ】上昇継続
金がETF承認後に高値の3倍まで高騰した歴史から、ETF承認を前提として高値はBTC=60,000ドル
企業プレイヤーをはじめ中長期目線での保有が増えていることから、下値は限定的と考え、BTC=10,000ドル