「飛び恥」

「飛び恥」―― 最近、あまり聞き慣れない言葉を耳にするようになりました。スウェーデン語の“flygskam”という言葉を日本語にしたもので、「飛ぶのは恥」を意味します。この言葉は、気候変動が世界的に著しい昨今、二酸化炭素(CO2)を多く排出する航空機の多用を恥じ、なるべく環境に優しい移動手段を用いることを促すものです。

実際、スウェーデン鉄道が本年5月に発表した調査結果によると、同国の37%の人が「可能な限り航空機によるフライトではなく鉄道を利用する」としており、その割合は2018年初頭の20%から急増しています。鉄道の利用者数も増加傾向にあり、同社によれば本年7~9月での旅客数は昨年同期比で+15%となりました。

一方、同国の主要な空港運営会社Swedaviaによれば、同社が運営する10の空港における本年10月の旅客数(前年同月比)は国際線で▲2%、国内線では▲10%と大幅に落ち込み、鉄道と航空で対照的な状況となりました。

航空機の利用を避け、2度もヨットで大西洋を横断したスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん以外にも、英国サウサンプトンから学術研究のために中国寧波まで出張するのに、およそ1ヶ月を要して24の鉄道を乗り継いだ英国人男性が現れるなど、「可能な限り」の範囲が極めて広い猛者もいるようです。

増加する航空需要と「持続可能な航空燃料」

しかし、多くの人にとって、度を過ぎた長時間の鉄道による移動は体力やコスト、時間を考えると現実的ではないでしょう。また、長期的に航空需要は右肩上がりで増えていくことが見込まれています。

国際クリーン交通委員会(ICCT,The International Council on Clean Transportation)が2019年9月に出した報告書(※1)で見積もったところによると、世界の航空会社全体で排出する二酸化炭素の量は9億1800万トン、化石燃料の使用に由来するすべての二酸化炭素の排出量(379億トン)の2.4%にすぎません。

しかしながら、国際民間航空機関(ICAO,International Civil Aviation Organization)によれば、2045年までに2015年比で国際航空交通は有償輸送トンキロで3.3倍に増加(※2)、燃費向上などの技術革新や適切な航空交通管理を行ったとしても、2.2~3.1倍程度のCO2排出が見込まれています(※3)。

こうした中で、航空業界は様々な取り組みを行っています。例えば、航空会社で構成される国際航空運送協会(IATA,International Air Transport Association)は2050年のCO2排出量を2005年比で半分にする目標を打ち立てました。そして、それを実現するために現在最も期待されているのがバイオマス由来の「持続可能な航空燃料(SAF,Sustainable Aviation Fuel)」と呼ばれるバイオジェット燃料です(図表1)。

【図表1】主なバイオジェット燃料と技術を有する企業
出所:各種資料より丸紅経済研究所作成

バイオジェット燃料の歴史とその課題

化石燃料由来のケロシンに比べて炭素排出量を燃料のライフサイクル全体で80%削減できる(IATA)ことに加えて、従来のケロシンに混ぜることでこれまでの航空機エンジンをそのまま利用できることもSAFの特長です。英Virgin Atlanticが2008年に最初のSAFを用いた試験フライトを実現して以来、2011年には商用フライトも開始されるようになりました。これまで、15万回以上のフライトがSAFを用いて行われています。

しかしながら、総航空燃料消費量におけるSAFのシェアは0.1%にも届いていません(※4)。最大の要因は従来のケロシンに比べておよそ2倍とされるコストです。コスト低減のためには製造工程のスケールアップ、それに対する投資が必要になります。

近年、航空会社はSAFの導入を行うだけではなく、自らSAF関連のプロジェクトに投資をする動きも目立ってきました。この数ヶ月だけでも10月には米Unitedが、11月には豪Qantasがそれぞれ4,000万ドル、5,000万ドルのSAF関連プロジェクトへの投資を発表しました。

こうした動きがSAFの拡大、ひいては「恥じ」なくてもすむようなフライトにつながることを願うばかりです。

 

(※1)Graver et al.,“CO2 emissions from commercial aviation, 2018”(2019年)

(※2)ICCTは2013年から2018年にかけてのCO2の排出量が年率+5.7%であったとして、ICAOの見通し(年率+3.3%相当)よりも70%大きいことを指摘している。

(※3)ICAO,“ICAO GLOBAL ENVIRONMENTAL TRENDS – PRESENT AND FUTURE AIRCRAFT NOISE AND EMISSIONS(A40-WP/54)”(2019年)

(※4)国際エネルギー機関(IEA,International Energy Agency )による持続可能な開発シナリオにおいては2040年にSAFのシェアが19%になることが期待されている

 

コラム執筆:近内 健/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 産業調査チーム長