現状:トルコによるシリア侵攻は一旦停止

トランプ米大統領は10月6日、トルコのエルドアン大統領との電話会談後、トルコのシリア侵攻に干渉しない姿勢を示し、シリア北部からの駐留米軍の撤収を指示した。

トルコは、トランプ氏が米国の事実上の同盟相手であるシリアのクルド人勢力を見捨て、トルコのクルド人勢力への攻撃を容認したと受け止め、10月9日、トルコ軍はクルド人民防衛隊(YPG)が拠点とするトルコ・シリア国境に位置するシリア側領土への侵攻を開始した。

この急展開を受け、米国内ではトランプ氏に対する批判が噴出した。米議会では超党派で「シリアからの米軍撤収は誤り」とトランプ氏の判断を非難する声が上がり、トルコに対する経済制裁など報復措置を求める声も強まった。

混乱の収拾に向けトランプ氏は議会の後追いでトルコに対する制裁発動などに動いたが、【1】トルコのシリア侵攻停止、【2】米議会をなだめる、という期待した2つの効果が全く得られなかった。

事態を打開すべくトランプ氏はペンス副大統領とポンペオ国務長官をトルコに派遣、10月17日、エルドアン氏とペンス氏、ポンペオ氏は約5時間にわたる会談を経て、米国の対トルコ制裁の停止・撤回と引き換えにトルコがシリア侵攻を停止することを柱とする「北東シリアに関する米・トルコ共同声明」の発表に至った。

展望:内政不安を抱える指導者たちが外交で「一発逆転」を狙う恐怖

停戦合意には至ったものの、楽観は禁物だ。

今回のトランプ氏の独断とその後の迷走で米国は中東での外交資産を毀損した。今年の6月20日トランプ氏は米軍の対イラン攻撃を直前で止めたが、今回の一件でもトランプ氏は「米軍は中東の同盟国のために戦わない」ことを明示してしまった。これは敵対するロシア・イラン・シリアを利することになる。

また近年反米的な動きが目立つエルドアン氏も、今回政治的賭けに勝ったことから、ますます増長し、その結果中東のみならずNATO(北大西洋条約機構)をも危険に晒す恐れがある。

長期的には中東での米国の存在感低下を受け、各勢力間の均衡や仕切りが崩れ、紛争や摩擦が増加することも懸念される。今回の件が正にそうだが、国民の支持に陰りが出ている指導者は過激な外交政策に走りがちだ。

トランプ氏、エルドアン氏をはじめ、中東情勢に関与する勢力にはそのような冒険主義を秘めた指導者が存在するため、衝突が生まれやすい土壌ができ上がっている点には注意したい。

特に2020年に米大統領選挙を控えるトランプ米大統領については、米大統領選までに米軍の負担軽減や米軍の中東からの撤収で成果を上げて支持層に応えたいという意欲と焦りが強い。

それだけに、今後も今回のような無理のある外交・安全保障政策を独断で打ち出し、それが国際秩序の揺らぎや中東での力の空白を生み、それを埋めようとする勢力の行動で一層の混乱が生じる恐れが多分にある。

トルコ経済:停戦合意を受け一旦通貨は値を戻したものの、引き続き外貨繰りは危機的状況

【図表1】IMFは2020年以降景気が回復すると予測(予測は斜字体・下線、特に断りが無ければ前年比%)
 

トルコはここまで述べた外交問題や内政問題(イスタンブール市長選で与党敗北)に加え、経済も多くの問題を抱えている。具体的には経常赤字と通貨安、通貨安に伴うインフレと低成長・高い失業率、危機的な外貨繰りだ。

10月15日に発表されたIMFによるトルコ経済見通し(図表1)は、トルコ経済が2019年を底に回復に向かうと予測している。足元でも今回の停戦合意を受けて、トルコリラの対ドルレートは安定を回復した。

【図表2】外貨繰りは危機的水準(金含む外貨準備高÷外貨建短期対外債務、単位:倍、データはIMF)
 

しかし外貨繰りは引き続き危機的水準が続いている。図表2の通り、トルコの「金含む外貨準備高÷外貨建短期対外債務」比率は経済危機真っ只中のアルゼンチンとともに1倍を割り込んでいる(つまり外貨準備を全て使っても外貨建短期対外債務が完済できない)。

政治日程に従えば2023年までエルドアン政権が続くこと、先述の通りシリア侵攻の先行きが不透明なこと、など不安要因は多い。

加えて米国とトルコの間には、
【1】トルコによるロシア製地対空ミサイルS-400導入に対する米国の反発
【2】トルコによるイラン産原油輸入に対する米国の反発
【3】米国がゴラン高原でのイスラエルの主権を認める意向を示したことへのトルコの反発

といった問題がある。米国による対トルコ経済制裁発動の可能性は依然排除できない。

「従来から存在した経済問題が拡大し」「政権にそれを管理する能力が無く」「外交問題次第では米国の経済制裁が発動されるリスクがある」、という点においてトルコ経済の先行き不透明感は続く。

 

コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所