量子コンピューターの未来とハイプ・サイクル
「量子超越性 (Quantum Supremacy:クオンタム・スプレマシー)」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。量子コンピューターが(現在使われているノイマン型の)従来コンピューターでは実現できなかった計算能力を備えていることを示す言葉である。量子コンピューターは現在、開発・発展段階にあり、一般に広く実用化されるようになるまでにはまだ数十年かかると言われている。
米調査会社のガートナーが毎年発表する「先進テクノロジーのハイプ・サイクル」の2018年版によると、量子コンピューターは黎明期にプロットされていた。
ハイプ・サイクルは、ガートナーが独自の調査により、テクノロジーの普及度やトレンドの変遷を示したもので、そのプロセスを「黎明期」、「過剰な期待のピーク期」、「幻滅期」、「啓蒙活動期」、「生産性の安定期」の5段階に分けている。
「黎明期」は潜在的技術革新によって幕が開き、初期の概念実証やそれにまつわる話、メディア報道によって大きな注目が集まる時期である。しかし、多くの場合、使用可能な製品は存在せず、実用化の可能性は証明されていない。まさに量子コンピューターが置かれている現状である。
量子コンピューターは株式市場のテーマとして浮上するか!?
株式市場におけるテーマとしても正直、未知数である。しかし、未来のものと思われている技術は実用に向けて着実に歩みを進めており、数十年先が数年先に短縮される可能性も秘めている。先取りを敢えて承知で、今回は量子コンピューターを取り上げたい。
2019年9月20日、グーグルがついに世界で初めてこの「量子超越性」を実証したと報じられた。以下はMIT Technology Reviewsのサイトに掲載されていた記事(一部抜粋)である。
フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)紙の報道によると、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授率いるグーグルの研究チームが、初めて量子超越性を実証した。量子コンピューターは、従来の最も強力なスーパー・コンピューターでさえも不可能なタスクを実行できるということが示された瞬間だ。この主張は米国航空宇宙局(NASA)のWebサイトに投稿された論文に掲載されたが、その後、取り下げられた。
グーグルは今年に入って、米航空宇宙局(NASA)の所有するスーパー・コンピューターをベンチマークとして使用し、量子超越性の実証実験をすることで合意した。フィナンシャル・タイムズ紙によると、NASAのサイトに投稿された論文では、グーグルの量子プロセッサーは、現在、最先端のスーパーコンピューターとして知られる「Summit(サミット)」で約1万年かかる計算を、3分20秒で終えたと述べられていたという。研究者たちはさらに、彼らが知る限り今回の実験は「量子プロセッサーでしか実行できない初の計算を記録する」ものだと述べていたとしている。
量子コンピューターが非常に強力なのは、量子ビット(キュービット)を利用するからだ。1か0の値しか取れない従来のビットとは異なり、キュービットはその両方の値を同時に取れる。さらに、従来のコンピューターでは逐次処理するしかなかった大量データの高速並行処理が可能となる。科学者らは長年にわたり、量子コンピューターが従来のコンピューターより絶対的に優れていることを実証しようと取り組んできた。
もし量子超越性が本当に実証されたのだとしたら、それは極めて重要な出来事だ。今週、グーグルの今回の論文のニュースが報じられる前に、マサチューセッツ州ケンブリッジでMITテクノロジーレビュー主催の「EmTech(テムテック)」カンファレンスが開催された。同カンファレンスでの量子コンピューティングについての議論の中で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授であり、量子物理学の専門家であるウィル・オリバーは、コンピューティングにおける量子超越性の実証を、航空業界におけるキティホークでのライト兄弟の世界初の動力有人飛行になぞらえた。量子超越性の実証により、この分野の研究はさらに弾みがつき、量子コンピューターはより早くその約束を果たせるようになるはずだと述べた。その計り知れない処理能力はやがて、新たな薬や物質を発見したり、より効率的なサプライチェーンを生み出したり、人工知能(AI)の質を向上させたりするのを容易にするかもしれない。
とはいうものの、今回のグーグルの量子コンピューターがどういったタスクに取り組んでいたのかは不明だ。おそらく非常に限られたものであろう。自身も量子コンピューターを研究しているIBMのダリオ・ギルは、MITテクノロジーレビューに宛てた電子メールによるコメントの中で、おそらく非常に限られた量子サンプリングの問題を中心に設計された実験であり、必ずしも量子マシンがすべての処理を牛耳っているわけではないだろうと述べ、「実のところ、量子コンピューターが従来の古典コンピューターに対して『最高位』に君臨することはないでしょう。しかし、それぞれに特有の長所がありますから、それらと協調して稼働することはあり得ます」と付け加える。多くの問題において、従来のコンピューターが今後もずっと、最適のツールであり続けるだろうということだ。
量子コンピューターが主流となるにはまだまだ道は長い。量子コンピューターがエラーを起こしやすいこともよく知られているとおりだ。ほんのわずかな気温の変化や小さな振動でも、キュービットのデリケートな状態が破壊されてしまう。研究者らは構築しやすく、管理しやすく、拡張しやすいマシンの開発を続けており、そのいくつかはクラウドコンピューティングで利用できるようにもなった。だが、さまざまな問題を処理できる量子コンピューターが広く利用されるようになるには、まだ何年も待たなければならないだろう。(出所:MIT Tech Review2019年9月22日「グーグル、ついに世界初の量子超越性実証か」)
量子コンピューター実現へのハードル
量子コンピューターの概念がはじめて提案されたのは1980年代のこと。極めて単純に説明すると、量子コンピューターは従来のノイマン型コンピューターとは異なる処理方式によって、先進的なスーパー・コンピューターよりも何百万倍も速く、これまでのコンピューターでは実現できなかった大規模なデータを処理することが可能となる。
私たちが使っているコンピューターは、データを「1」か「0」のビット単位で半導体に記録するのに対して、量子コンピューターは「量子ビット」と呼ばれる重ね合わせの状態を作り「1」と「0」を同時に保持するため、「00」「01」「10」「11」の4つの値を記録できる。これにより計算速度は早まり、データ処理量を圧倒的に増やせるのである。
一方、実現にはいくつかハードルがある。量子コンピューターは周りの環境に対して極めてデリケートだということ。さらには高い計算性能と汎用性を実現するための量子の集積が極めて難しく、方式によっては量子の状態を安定させるために絶対零度(マイナス273℃)に近い温度まで冷やす必要がある。
量子コンピューター時代の展望と市場規模
では、こうしたハードルを乗り超え、量子コンピューターが大規模に構築された暁にはどんなことが可能になるのだろうか。
ボストン・コンサルティング・グループが2018年11月に公表した報告書「The Next Decade in Quantum Computing—and How to Play(量子コンピューターのこの先の10年―そしてその役割」によると、暗号や化学、農業、医薬品、AI、機械学習、物流、製造、ファイナンス、そしてエネルギー等の分野でゲームを変えることになると言われており、マーケットは2030年までに500億ドル以上になると試算されている。
国を挙げての投資競争も加速しており、中国は今後5年間で100億ドルの量子プログラムへの投資を予定している。
欧州では、欧州委員会と加盟国から11億ドルの資金確保がなされており、中でも量子技術の研究開発が進んでいる英国では、英国国立量子テクノロジープログラムで3億8100万ドル、そして米国では2018年に「全米量子イニシアティブ法」(12.5億ドル)が可決される等、世界中で戦略投資が活発に行われている。その他、オーストラリアやカナダ、イスラエルも非常に積極的な投資を行っていると言う。
今月初め、独政府の支援のもとに、独のフラウンホーファー研究機構が米IBMと量子コンピューティング研究の推進に関してパートナーシップを結んだ。独政府は2年間でこの分野に66億5000万ユーロ(7億1700万ドル)を投資する。
フォーブスの「世界で最も影響力のある女性ランキング」のトップ10にランクインしている2人の女性、物理学者の独メルケル首相とIBMのジニー・ロメッティCEOとの会談はエポックメイキングであった。
量子コンピューター関連銘柄は!?
では、どのようなプレイヤーがこの分野でしのぎを削っているのか。まずはハードウェアの分野から。新興企業も登場するが、米国株式市場に上場する企業を中心に見ていこう。
IBM(ティッカー:IBM)、アルファベット(ティッカー:GOOGL)、アリババ(ティッカー:BABA)、マイクロソフト(MSFT)、インテル(ティッカー:INTC)、ハネウェル・インターナショナル(ティッカー:HON)の他、非上場ではRigetti ComputingやカナダのD-Wave Systemsも開発を行っている。
一方、用途の面ではすでに試験的な導入が始まっている。以下は、量子コンピューターの実用ケースとそれに関連する企業群である(青字は米国株式市場に上場)。
例えば、医薬品や化学品、エネルギーの会社は既に新薬の開発のためのドラッグディスカバリーやよりより分子構造の発見のために量子コンピューターを採用している他、金融市場の効率化、交通問題も解決できるとされている。さらには、サイバーセキュリティには欠かすことができない暗号技術の確立にも役立つことが期待されている。
2019年3月、JETROから出された「米国における量子コンピューターの現状という報告書」から、さらに量子コンピューターが開く未来を覗いてみよう。
・交通/物流(製造):移動経路の最適化問題を迅速に処理できることで、交通サービスにおける移動時間の短縮や渋滞の減少やサプライチェーンプロセスの効率化等につながる
・機械学習(AI):学習のフィードバックを提供する上でのデータ分析を短時間で処理できることで、ディープニューラルネットワークにおける機械学習能力を効率的に向上させられる
・ヘルスケア(製薬):分子、たんぱく質、化学薬品の相互作用及び化学反応の分析や、人間の遺伝子配列・解析を効率的に処理できることで、副作用のない治療薬の開発(創薬)プロセスの短縮及び各患者にパーソナライズされた処方薬の提供につながる
・金融サービス:市場リスクの計測や投資評価等を行う際に用いられているモンテカルロシミュレーションを効率化することで、ポートフォリオの最適化と投資リスクの削減につながる
・メディアテクノロジー:オンライン上のユーザーの行動履歴に関するデータ分析を基に、ターゲット広告の配信効果が高まる
・サイバーセキュリティ:量子コンピューターにより機密データや電子通信の安全性を担保するために用いられている既存の暗号方式が破られる可能性が高まることでセキュリティ上の脅威が懸念される一方、第三者による盗聴を確実に防止できる「量子鍵配送(QKD)」と呼ばれる手法など、量子暗号を用いた秘匿通信の実用化が期待されている
・AI:人間と同様に複雑なタスクに効率的に対応できるAIにより、ヒト型ロボットがリアルタイムかつ予期せぬ環境下で最適な意思決定を行えるようになる(コンピュータビジョン、パターン認識、音声認識、機械翻訳等における技術進歩が期待される)
(出所:独立行政法人情報処理推進機構「米国における量子コンピュータの現状」)
冒頭に取り上げた「ハイプ・サイクル」にあるように、「黎明期」にある量子コンピューターに関しては、今後、関連するニュースを多く耳にすることになるであろう。
また、株式市場のテーマとしても取りざたされる機会があるだろう。新技術はいつもこの「ハイプ・サイクル」を経験する。これから「過剰な期待のピーク期」、「幻滅期」、「啓蒙活動期」を経て、「生産性の安定期」に入るまでにはまだ少し時間が残されている。
量子コンピューターは現在、IBMの言葉を借りれば「Quantum Readiness(来るべき量子の時代に備えよう)」の時期にある。すなわち、企業にとってこの時期に、いかに知的財産を集積し、人材とノウハウを蓄え、来るべき時代に備え体力をつけておくかがが重要なのである。
そして、5〜10年後の実用期に入った時、いよいよ初期段階ではあるものの、実用性のある量子コンピューターが開発された時に、備えをしてきた企業や国家だけが「Quantum Advantage(先行企業が量子の恩恵を享受する時代)」を享受することができるだろう。
この未来の技術にどの米国企業が関連するのか、投資の観点からも「Quantum Readiness」をしておこう。
石原順の注目銘柄
IBM (ティッカー:IBM)
アマゾン(ティッカー:AMGN)
アルファベット(ティッカー:GOOGL)
マイクロソフト(ティッカー:MSFT)
ゴールドマンサックス(ティッカー:GS)
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