「為替操作国」候補にベトナムなどを追加

米財務省は半年に1度、主要貿易相手国の為替政策を評価した「為替政策報告書」を議会に提出することが義務付けられている。この報告は米国が貿易赤字を記録している相手国の為替制度が当該国の為替レートを人為的に割安に操作していないかを分析するもので、「為替操作国」と認定された国に対しては政府による対抗措置が容認される。

5月下旬に発表された同報告では、貿易面で摩擦が激化している中国が「為替操作国」に指定されるかが最大の関心事だったが、結果的に指定は見送られた。しかしながら同報告には、米国が今後の通商課題の解決に向け為替を主要なツールとしてくる可能性をうかがわせる新たな変更が加えられている。

まず、貿易相手国を為替操作国に指定する前段階のスクリーニングが強化された。初期の絞り込みとなる「主要な貿易相手国」は貿易額基準となり、対象は12ヶ国から21ヶ国に増加した。

さらに、その21ヶ国に適用される経常収支黒字の閾値引き下げ、当局による市場介入の継続性基準の厳格化で「監視対象国」(「為替操作国」の候補となる国)は前回報告の6ヶ国(中国、日本、韓国、インド、ドイツ、スイス)から9ヶ国(中国、日本、韓国、ドイツ、イタリア、アイルランド、シンガポール、マレーシア、ベトナム) に増加した(図表1・2)。

【図表1】為替政策報告書における基準変更
出所:米財務省
【図表2】監視リスト入りした貿易相手国の個別評価
出所:米財務省 ※赤字は閾値超え。ドイツ、イタリア、アイルランドの市場介入基準はユーロ圏としての評価

注目すべきはアセアンの3国がリスト入りしたことだ。米中貿易摩擦が激化するなか、中国からの第3国を経由した対米輸出や生産拠点のシフトが活発化しており、マレーシア、ベトナムはこうした迂回的行動で登場する国の代表格である。

迂回的行動がさらに活発化するなら、いずれこれらの国に対する米国の圧力も高まることになる。それをあらかじめ牽制する目的で米当局が評価基準の変更を行った可能性も否定できない。

為替安を補助金と見なし、追加関税を賦課?

一方、米商務省は不公正な貿易への対抗措置である「相殺関税」を、貿易相手国の為替政策に広げることを提案している。本来「相殺関税」は、貿易相手国による輸出産業への支援政策(補助金支給等)に対し、その効果を相殺する追加的な輸入関税を賦課するものだ。不公正な交易条件がもたらす国内産業のダメージを防ぐのが狙いである。

今回の提案は、貿易相手国が自国通貨安を誘導しており、それが輸出企業に対する潜在的な補助金となっていると判断される場合にも相殺関税の設定を可能とする。恩恵を受けたと推定されるセクターが課税対象となり、企業が得たと推定される超過利益相当を当該企業からの輸入品に対し相殺関税として課す設計だ。

この為替を対象とした相殺関税はデザインが複雑で、為替レートの適正価値の判断や対象企業が受けた利益の推定などに仮定や恣意的な要素が入り込む余地が排除できない。しかし、米議会ではこうした非対称な為替制度が米企業にもたらす損害を回復する手段が幾度となく検討されており、今回具体化した相殺関税は党派を超えて受け容れられる可能性がある。

新しい相殺関税の要件でもアセアン諸国はターゲットになりやすい。アセアンでは為替制度として管理フロート制(※1)を採用している国がほとんどで、制度の柔軟性が低ければ低いほど自国通貨は適正価値から割安に維持される傾向があるからだ。また、変動相場制に近い制度を採用している国でも中銀の市場介入における透明性は必ずしも高くなく、その是正を求め圧力が高まることも考えられる。

懸念される制度変更リスクの高まり

米当局による一連の動きは、貿易赤字縮小を外交的成果として追求するトランプ政権の意向を反映するもので、米国が非対称な為替制度の是正を不均衡解消の有効な手段と見て一段と進めてくる可能性を示唆している。企業には米国が将来的に為替制度の柔軟化を求めそうな貿易相手国での事業にあたり、その要素を十分に考慮したうえでの展開が求められることになりそうだ。

本件に限らず通商に関連する米国の諸政策では近年、こうした制度変更リスクの高まりを意識せざるを得ない状況が続いている。頻繁な関税率の変更や輸入制限措置は、相手国のみならず米国における関連事業のリスクプロファイルをも等しく引き上げてしまうという認識が必要になろう。

 

(※1)代表的な形態は、自国通貨を特定の通貨、または複数の通貨をウエイト付けしてインデックス化した通貨バスケットに固定・連動(ペッグ)させ、一定の変動幅のもとで管理するもの。中央銀行には為替レートを維持するために市場介入を行う義務が生じる。


コラム執筆:田川 真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 副所長