みなさん、こんにちは。『今どき株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。台風21号、北海道における大地震など、先週は酷い一週間でした。被害に遭われた方に心よりお見舞いを申し上げます。一日でも早い復旧実現に向け、応援させていただきます。そのためか、株式市場は日経平均で21,500~23,000円のボックス圏の動きに依然とどまっています。一時は23,000円を上抜けるかという局面もありましたが、災害などの影響もあり、失速を余儀なくされています。しかし、ボックス圏上抜けの挑戦が何度も失敗するというのは心理的にも好ましいものではなく、むしろ失望感の台頭にも繋がりやすくなると想像します。現状が嵐の前の静けさとなるリスクは考えておいた方がよいかもしれません。
さて、今回は「決算開示」をテーマとして採り上げてみましょう。先月、米国のトランプ大統領が米証券取引委員会(SEC)に上場企業に課す決算開示義務を現状の四半期(3カ月)から半期(6カ月)への変更検討を指示したことが明らかになりました。大統領がSECに対してどれだけの影響力を持つのかは議論のあるところでしょうが、現在の決算開示のやり方に一石を投じることとなったのは事実です。これを機に、決算開示の在り方が再定義されることとなれば、それらを基準とする株式投資の手法にも今後変化が生じてくる可能性があります。やや気の早いテーマかもしれませんが、少しこの問題について論点を掘り下げてみたいと思います。
トランプ大統領が半期決算への移行を提唱した背景は、企業の負担軽減があるとされています。現在、上場企業は四半期ごとに決算数字を作り、監査を受け、それを開示しなければなりません。四半期というは僅か3カ月ですから、監査を終えて開示した頃には、すぐ次の四半期が期末を迎えて、次の監査の準備に入る、というのが実務者の慌ただしい実態と言えます。これが半年間隔に広がれば、監査費用や開示費用は(単純に)半分で済みますし、実務者も決算作業に追い回されることなく、じっくりと業務の付加価値向上に取り組むことができるでしょう。もちろん、企業は人員増や効率化でその負担を軽減すべく努力はしていますが、人員増は人件費負担が重くなるうえ、フォーマットの決まっている法定開示においては自社努力で効率化できる余地は限定的です。企業がそういった負担を軽減させたいと考えるのはごく自然なことなのです。実業家でもあったトランプ大統領は、そういったことも念頭において、こういった問題提起をしたのかもしれません。
では、より重視されるべき株式市場にはどういった影響が考えられるでしょうか。最大の問題は、開示が後退するという点です。投資家が投資判断を下すうえで、最も重視するのが企業業績であることは論を待ちません(企業の計上する利益は株主のものだからです)。その業績に関して、直近の状況を把握できるようにしたものが四半期決算です。つまり、企業の負担増はあるものの、それよりも投資家の育成・保護を優先させたシステムと言えるでしょう(そのためか、投資家育成に本腰が入らなかった日本では、四半期決算の義務化は2009年と比較的最近でした)。こういった背景を考えると、敢えて投資家に対して開示情報を後退させるルールを容認できるのかと言えば、現実的にはかなり難しいのではないか、と筆者は考えています。
しかし、企業側に重い負担に対する不満が蓄積しているのも事実です。さらに、最近は四半期決算の数字に一喜一憂する株価の動きが顕著となり、本来の目的であった長期的な投資家育成というよりも短期的な投機家(マネーゲーム化)を助長させているのでは、との指摘もされるようになってきました。そういった状況に嫌気がさし、IRをないがしろにする企業もまた徐々に増えてきたようにも筆者は感じています。開示の後退がこの問題を直接的に解決するとは考えませんが、高い理想と目的を持って導入された現行システムに相応の歪みが生じてきていることは間違いないと言えるでしょう。
とすれば、四半期決算の開示は存続させつつ、企業負担を低減させるべく監査・開示レベルを引下げる選択肢を設定するのが、この問題提起の現実的な落としどころになるのではないか、と想像します。また、短期的な株価の変動に対しては、企業価値が決算数字だけに振り回されることのないよう、非財務情報や中長期の経営戦略(計画)の開示(ESGなどによる持続可能な成長を実現するための仕組みを含みます)の充実が抜本的な改善策になるだろうと考えます。現実はどういった形になるかはわかりませんが、投資家としては株価に対する非財務情報や中長期の経営計画の影響力が増す傾向にあると認識しておくべきでしょう。既に多くの企業が中期計画やESG開示を行っていますが、そのほとんどはまだ独善的で、まだまだ株価形成に資する内容のモノとはなっていません。トランプ大統領の発した問題提起は、むしろこれらのレベルアップを図っていくきっかけになっていくのでは、と考えています。
コラム執筆:長谷部 翔太郎(証券アナリスト)
日系大手証券を経て、外資系投資銀行に勤務。証券アナリストとして、日経や米Institutional Investors誌などの各種サーベイで1位の評価を長年継続し、トップアナリストとして君臨する。外資系投資銀行で経営幹部に名前を連ねた後、現在は経営コンサルティング会社を経営する。著述業も手がけ、証券業界におけるアナリストのあり方に一石を投じる活動を展開中。著作は共著を中心に多数。