金融関係者の間で8月に円高圧力が高まる経験則は半ば常識となっていますが、日本経済新聞が7月30日に「過去20年で14回円高ドル安に振れた」と記事にしています。何故8月は円高圧力が高まるのでしょうか。

日経新聞の記事でも指摘されていましたが、例年8月は米国債の償還による資金返済と利払いが一番大きい月であるということ。日本が米国債を買っていた場合の利息が米ドルで支払われるため、その利払いを円に替える際に起こる円買い圧力が一時的な円高に繋がる、というものですが、昨今では償還分は再投資されるケースが多く、利払いによる円転だけでは為替市場にインパクトを与えるほどのボリュームではないなど、この説に否定的な見方が多くあるのも実情です。

また、考えられる円高要因として「ヘッジファンドの換金売り」と呼ばれるものがあります。3月、6月、9月、12月の四半期ごとの決算時期を控えてのファンドのポジション整理に注意が必要だという説です。ヘッジファンドに投資している投資家が、ファンドを解約し現金化を望む場合は各四半期末の45日前までに解約を通告しなければなりません。これは「45日ルール」と呼ばれています。投資家(企業など)が決算対策などで現金が欲しい際に四半期決算に間に合わせてヘッジファンドに投資している資金の現金化を依頼するというカレンダー的な要素もありますが、ファンドの運用成績が良くない場合には、切りがいいところで解約してしまおう、と考える投資家が増えることにも警戒が必要ということでもあります。

6月決算に向けての解約申し入れが5月15日なので、これが「Sell in May」の一因との指摘もあります。ファンドがポジションを整理する過程で、株式などのリスク資産が下落すれば、リスク回避の円高の思惑が強まる、というわけですね。そして9月末決算に向けての解約の締め切りが8月15日。これが意識されるため8月は円高圧力が強いとの説ですが、ブルームバーグの調査によりますと、2018年1-6月上半期のヘッジファンド運用は、貿易摩擦懸念で市場が混乱した他、新興国市場の下落が痛手となりマイナスとなっており、解約が強まる可能性も。ヘッジファンド・リサーチ(HFR)の調査では、4-6月期にヘッジファンドからおよそ30億ドル(3,370億円)の資金が流出しています。

また、1971年のニクソン・ショック、1990年のイラクのクウェート侵攻、1997年アジア通貨危機、1998年ロシア危機、2007年仏パリバ・ショック、2011年米国債務上限問題から米国債の格下げ...等々、8月にはマーケットにインパクトを与える不吉なことが起ってきた経緯があり、心理的に「買うより、逃げろ」という投資行動に繋がるという背景もあるでしょう。

同時に今年は、8月9日から日米貿易協議が開かれる予定です。最大の焦点は自動車関税となるとみられます。交渉が厳しいものとなれば為替市場には円高圧力となるとの警戒も強く、ドル/円相場の上昇期待は大きくありませんが、8月だからと言って必ず円高になるということではありません。過去の経験則から8月に円高傾向が強まる背景を知ることは重要ですが、あらゆる可能性を排除せず値動きに逆らわないことが最も重要です。日米貿易協議も思いのほか前向きな合意が取り付けられれば、株高、ドル高円安のシナリオもあるでしょう。

コラム執筆:大橋ひろこ

フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。

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