2017年、主要通貨で最も上昇パフォーマンスが良かったのがユーロ。2017年6月のECBフォーラムでECBドラギ総裁が出口戦略に言及したことをきっかけに、ユーロ/ドル相場は2018年の年明けまで大きな上昇トレンドを形成しました。しかし2018年4月、ユーロ/ドル相場は高値圏でのもみ合いを下抜け下落基調を強める展開となっています。
2018年1月から、ECBは資産買い入れ金額を月額600億ユーロから300億ユーロに減らしています。さらに6月のECB理事会では、10月以降は月額300億ユーロから150億ユーロに資産買い入れ金額を縮小し、年内に終了する方針が発表されました。金融危機を受けて導入した量的緩和政策が12月末で終了することになります。市場に放出されるマネーが縮小するわけですから、この決定はユーロの上昇要因ですが、市場の一部にはその後の利上げへの期待があったとみられ、「2019年夏にかけて金利は現行水準に留まる」との見通しが示されたことで、ユーロは大きく売り込まれる結果となりました。早い時期の利上げ期待が後退した結果、積みあがっていた投機筋のユーロロングポジションが整理されたものとみられます。
足下のユーロ下落はECB金融政策のせいとも言い切れません。実は、欧州の景気には先行き不安が大きくなっています。欧州の製造業PMI(※)は2017年12月に60.6でピークアウトしており、2018年は下落の一途を辿っています。
昨年からのユーロ高による影響でしょうか。先行性が高い製造業PMIの悪化は欧州経済の先行き不安に直結しますので、投資家のユーロ圏への投資が鈍る可能性を示す不安材料です。また、ユーロ圏の経済を支えるドイツに不安材料が出てきました。
トランプ大統領は22日、EUが関税や貿易障壁を取り除かなければ、米国はEUからの輸入車に20%の関税をかけるとTwitterで発言。欧州自動車工業会(ACEA)によると、米国とEUの間での自動車関連の貿易額は全体の約10%にも上り、EUで製造された自動車の輸出先は台数では米国が自動車輸出全体の2割程度を占めるとされています。金額では全体の3割程度にも上り、米国との貿易が台数でも金額でも最も大きく、実施されれば影響は甚大です。そして、言わずもがな自動車と言えばドイツですね。
米国との関税問題がなくてもドイツでは排ガス不正問題が再燃しており、6月18日、独フォルクスワーゲン(VW)グループに属するアウディのCEOが逮捕されたことはドイツ自動車業界を震撼させました。排ガス不正ソフトを搭載していることを承知の上で自動車を販売していたという詐欺容疑というのですから事は重大です。
また、ドイツ政府はダイムラーに対し、77万4,000台のリコールを命じています。同じく排ガス不正問題によるものです。米国からの関税、そして排ガス不正問題の再燃で独車3社の時価総額は1週間で1兆7,000億円も吹き飛びました。自動車産業はドイツの基幹産業です。この2つの問題が長期化すれば、ドイツ経済の先行き不安はより深刻となっていくと思われます。
また、難民問題政策を巡ってメルケル政権が危機的状況に追い込まれており、経済的な不安だけでなく、長期政権崩壊のリスクもドイツの先行き不安につながっています。
これらのドイツ不安は「ユーロ売り」でいいのでしょうか。
単純にユーロが下落するとも言い切れないのが、ドイツが対外債権国であるということ。また黒字国でもあります。つまり、海外の資産を処分し国内に戻す動きが加速すれば、ユーロが上昇してしまうという特徴があります。レパトリエーション(レパトリ)と呼ばれますが、日本と同じ構図ですね。リスクが高まると対外資産が国内回帰するとの思惑が円高をもたらしますが、ドイツもまた、その可能性が大きいのです。ドイツリスクは単純にユーロ売りではないかもしれません。しかし、米金利は段階的に上昇しており、米欧の金利差から考えるとドル高は大局的なトレンドですので、ユーロは長期的には緩やかに下落していく可能性が大きいと思っています。レパトリが起きればユーロが大きく上昇するような局面も出てきますので、安値を売り込まないよう、戻り売りを心掛けることが大切です。
※製造業PMI=購買担当者景気指数。
製造業の購買担当者にアンケートして指数化。工場がどのような生産計画を立て、どのくらいの資材を必要としているかにもとづいた指数で、50を超えると景気拡大を示し50未満になると景気後退を示します。速報性の高さからマクロ指標の先行性が高く、将来の景気動向を占う重要な指標とされています。
コラム執筆:大橋ひろこ
フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。
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