これまでのトレンドが崩れ、マーケットは逆回転を始めたようです。米国ダウ平均は2月2日金曜に666ドルもの大幅安。これまでじりじりと円高基調を強めていたドル/円相場は急反発となりました。株価の下落は「リスク回避」ですので、通常ならドル/円は売られて円高になるというのが教科書的相関ですが、今回は株価下落でもドル/円相場は上昇しています。この不思議な値動きの背景はなんでしょうか。
昨年12月中旬から、米10年国債の利回りが上昇基調を強め始めた一方で、ドル/円相場が下落の逆相関を見せていました。為替の変動要因には流行があって、決して金利との相関が全てではありませんが、ここ2年程は正相関関係にあったため、相関が切れたという事象はマーケットの変化の重要なシグナルとなり得るものです。
その理由として有力視されているのが、日銀の存在です。
年末年始の株高にも、ドル/円相場が円安ドル高進行とならなかった背景には金融政策の正常化が近いという思惑が広がったことが指摘されていました。2017年11月13日、日銀の黒田総裁はチューリッヒ大学で行った講演で、「リバーサル・レート(金利を下げ過ぎると、預貸金利ざやの縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(リバース)する可能性があるという考え方)」に言及。黒田総裁が緩和政策の長期化への問題点を指摘したことで、出口論への思惑を強めることとなりました。そして今年1月9日には長期国債の買いオペ減額。国債の買い入れ額を減らしたことで日銀の緩和姿勢が緩むとの観測が強まります。さらに1月26日にはダボス会議のパネル討論会で、物価2%目標に「ようやく近づいてきた」と発言。マーケットは「日銀の出口は近い」との期待と思惑を強めて、これまでの日銀の金融政策では円売りドル買いがトレンドであったものが覆った結果の円高進行であったと思われます。
ところが2月2日、日銀は指定した利回りで金額に制限を設けずに国債を買い入れる「指値オペ」を約7カ月ぶりに実施しました。米国の金利上昇が加速する中、日本国債の長期金利も米国金利上昇に連れて0.095%と日銀の誘導目標「ゼロ%程度」から上振れし、市場で上限とみられている0.1%に接近したためで、通常の国債買い入れオペでも残存期間5年超10年以下で増額も実施しています。市場に持ち上がった日銀の出口論を封じ込めて緩和の長期化を改めて示した、ということですね。この指値オペの影響でしょう。ドル/円相場は、世界の株価が急落の様相を強める中、上昇したのです。米国の1月の雇用統計の数字も良好で、政策金利の引き上げペースが予想よりも速いのではないか、という思惑が米金利を上昇させた一方で、日本は緩和継続を示唆したことで金利上昇が抑えられたため、日米金利差が改めて意識された結果のドル/円上昇であったと思われます。
では、このままドル/円相場は上昇を続けるでしょうか。
投機筋らは昨年、2017年の年初はフランスの大統領選などのリスクイベントを警戒し、ユーロは下落を予想していました。しかし4月の大統領選が無難に終わったことに加え、6月にECBがテーパリングを示唆したことで、ユーロは上昇を続け、2017年の最強通貨となったことは記憶に新しいですね。この大きなトレンドはまさに、中央銀行の政策転換によるものでしたが、投機筋らは2018年、日銀が異次元緩和からの正常化に向けたシグナルを出すことを期待し、トレード機会を虎視眈々と探っています。2匹目のドジョウ狙いですね。
米国は2015年に利上げを開始してから3年目。欧州はこの1月から資産買入れ額を600億ユーロから300億ユーロに減額するテーパリングを開始しました。日本だけが異次元緩和を長期化することへのリスクも指摘されており、再び出口論が盛り上がる可能性は否定できません。その時は投機筋らによる円買いがドル/円相場を再び下落させると思われますが、異次元緩和の高値であった125円台のドル/円相場から比較すると、現在の108円台はかなりの円高水準にあるため、2017年にユーロが急騰した時ほどのインパクトはないようにも思います。つまり、ドル/円相場は日銀の一挙手一投足に神経をとがらせ、円買いを仕掛けてくる可能性が高い1年となるものの、前のめりに円買いしてしまった分、あまり大きな円高とはならないのではないか、ということです。
2017年米国株は押し目らしい押し目が入らずに上昇を続けました。債券市場では債券バブルの崩壊論も出てきています。債券が売られ、金利が上昇。そして金利が上昇することで、株式が売られるという負のサイクルが長期化すれば、ドル高となる可能性が強まります。「有事のドル買い」ですね。今回の場合、有事のドル買いという事象ではなく、単純にこれまで一方的に進んできたドル安の巻き返しによるドル高の可能性もありますが、ユーロ/ドルやポンド/ドルなど上昇してきたドルストレート通貨ペアは、ドルの巻き返しによる下落のリスクも大きいと思っています。リスク回避ムードが強まれば、ドル/円相場よりも他のドルストレート通貨ペアの方が、値動きが大きくなるかもしれません。
コラム執筆:大橋ひろこ
フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。
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