サンプラザ中野だー!

一月も後半に突入だ。早いものである。今頃年賀状の話とはどういうことだ?こっちは雪かきで大変なんだよ!と非難の声が聞こえてきそうである。しかし俺にとっては今が年賀状の季節なのだ。

そもそも俺は年賀状を書かない。一枚もだ。これは子供の頃からの習慣だ。というか、面倒くさいからずっとそうしている。それでも俺に年賀状をくれる人がいる。もらって読むと嬉しい。そうですかご家族元気で何よりです、などと思う。で、返事は出そう、とも思う。しかし物臭なので一向に書かない。そして「書かなきゃ」という気持ちに押し潰されそうになる。それが今の俺である。
日本の正月といえば年賀状だが、いったいいつからあるのだろう?郵便システムが出来上がって以降のことだろう。1873年に郵便葉書が発行されたそうだ。お年玉付き年賀はがきが発行されたのは昭和24年だ。別に日本の古くからの風習というほどのことでもない。昭和24年は西暦1949年。つまり戦後である。臭うな。何が臭うのかというと「政府の陰謀」が、である。政府or旧郵政省は、この年賀状という習慣を流行らせる事で金儲けと組織の巨大化を企んだのではないだろうか?そしてまんまと成功した。

考えてみてくれ。一時に大量に消費されるその量にあわせてシステムは組まれる。電力だってそうだ。真夏の真昼の消費量にあわせて発電規模を策定する。鉄道だってラッシュアワーにあわせてその輸送能力を増強してきたのだ。少し前に郊外に移転する大学が多かった。これは電鉄会社の誘致によるのだそうだ。何故なら、ラッシュアワーで都心部に向かう電車は帰りがガラガラ。郊外に大学を誘致すれば少しは乗客が増える、という目論見だったらしい。

もう一つ旧郵政省の企みを暴きたい。それは「切手ブーム」である。1960年代後半だろうか?切手の収集が趣味として大ブレークした。日本中が郵便局に列を成した。記念切手の発売日に、である。俺も集めた。鳥モノや国立公園モノが好きだった。人々は買った切手を使わなかった。シートで何枚も買い漁った人もいた。それらのほとんどが使われずに仕舞い込まれた。値上がりを待って。これは陰謀である。旧郵政省は大儲けだ。システムの使用料としての切手代。しかし人々はシステムを使用しないのに大量購入したのである。

値上がるはずだった記念切手。今では額面割れだそうだ。はがきに貼って使った方が得なのだそうである。

サンプラザ中野:数々の爆発的ヒット曲を生み出してきた「爆風スランプ」で活躍。現在新たに「サンプラザ中野とノンスモーカース」を結成。
自身のホームページでも意外な側面を見ることができる。
http://www.kk.iij4u.or.jp/~sunplaza/