●ポピュリズムと急進右派の連立はいったん白紙に

英国の脱退表明などでその結束に懸念が漂う欧州連合(EU)では、イタリアで有力視されていた反エスタブリッシュメント政府の誕生が白紙に戻る展開となった。これをもってEU懐疑派が直ちに政権を執ることはなくなったが、今後の展開はより複雑で不透明なものになりそうだ。

同国では今年3月4日の総選挙でいずれの政党グループも上下院の過半を掌握できず、以来プレーヤーが目まぐるしく入れ替わる形で連立協議が長期化していた。終盤には選挙で第一党となったポピュリズム政党「五つ星運動(M5S)」と、中道右派グループの一角として第二党の地位を得た急進右派政党「同盟(Lega)」との協議となり、最後まで揉めた首相候補には法学者のコンテ氏を擁立することで合意した。

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コンテ氏はマッタレッラ大統領から正式な任命を受け、反エスタブリッシュメント政府誕生の機運は高まったに見えた。しかし「五つ星運動」党首のディ・マイオ氏、「同盟」党首のサルビーニ氏が財務相に推していたEU懐疑派のエコノミスト、サボナ氏の任命を大統領が拒否したことで、コンテ氏は組閣を断念せざるを得なくなった。

イタリアの大統領権限は国務大臣任命のほか議会解散にも及ぶなど、比較的大きいのは確かだ。しかしこれまで大統領は象徴的な役職と認識されており、多くにとって任命拒否は思いがけないものだった。当然のように「五つ星運動」、「同盟」からは大統領への激しい批判が噴出、権限の乱用だと弾劾を求めている。その後大統領は国際通貨基金(IMF)元財政局長のコッタレッリ氏を暫定首相に任命、テクノクラート政府のもとで19年度予算の成立と来年初旬までの再選挙を実施することを命じた。

●政治空白と不透明感が加わったのみでリスクは残存

一部で指摘されるように「五つ星運動」、「同盟」の政策には憲法に抵触する可能性があるものが含まれる。ただ、今回の大統領判断は、閣内の重要ポストにEU懐疑派を配置することを阻止するという意図が明白なだけに、EU懐疑派の反発を増幅させるリスクをはらむ。そもそも「五つ星運動」、「同盟」は国政選挙を経て正当に組閣の権利を付与されたという事実があり、強権発動は民主的手続きをないがしろにしたという批判が国民に広がる恐れさえある。

今後の展開だが、コッタレッリ暫定政権が議会の信任を得られる見込みは低く、再選挙は早まり秋口にも行われる見込みだ。前回選挙後の世論調査では「同盟」の支持率上昇が目立っており、再選挙でも「五つ星運動」、「同盟」が過半数を獲得する可能性は依然高い。同国の政局についてはこれまでも予想外の展開が立て続けに起こっており、安易な思い込みは禁物だが、今回の大統領権限発動は反エスタブリッシュメント政府誕生までの時間稼ぎに過ぎなくなる可能性もある。

市場にとって最大の懸念は、「五つ星運動」と「同盟」がともにEU懐疑の立場を明確にしていることだ。両党は緊縮財政の転換、移民制限、親ロシア的外交等も共有しているが、これらは全てEUの基本理念や現行方針に反する。新政府がこれまで掲げてきた公約を守ろうとすればするほどEUとの亀裂は深まることになる。

イタリアはEUにおいて人口、経済規模の両方で第4位の大国であり、EUの意思決定においても役割が大きい。英国のEU脱退後はドイツ、フランスに次ぐ発言力を持つことになる。来年5月には欧州議会(European Parliament)選挙が予定されているが、そこで「五つ星運動」、「同盟」が勢力を伸ばすことに成功すれば、欧州議会内でEU懐疑派グループの求心力となる恐れも出てくる(注1)。

●伝統的大政党の衰退と「包括政党」の台頭

ここ数年の欧州政治シーンで顕著なのは、長きにわたり政権を争う立場にあった伝統的大政党が急速に衰退しており、特に中道左派が厳しい状況に直面していることだ。一方で多様な層から支持を得るため特定の理念を示さず、総花的な政策を掲げるいわゆる「包括政党」(注2)が成功を収める傾向にある。

ポピュリズム政党に類別される「五つ星運動」はその代表格と言える。例えば同党は有権者が議員に政策決定を委任することなく、自らの考えを直に政治に反映させることができる「直接民主主義」を提唱している。これは究極のポピュリズムとも言えるシステムだが、議員という「エージェント」の介在により政策決定が歪められていると考える向きからは共感も得られるだろう。是非はともかく、国民に一定のアピールをしていることは確かなようだ。

スタイルは異なるものの、昨年のフランス国民議会選で地滑り的な勝利を収めた「共和国前進!(La République En Marche !)」も包括政党と見なされる。同党を率いるマクロン大統領は伝統的二大政党である共和党(中道右派)、社会党(中道左派)が地盤沈下に苦しむなか、左右の立ち位置を明確にせず、中道色を強く打ち出すことで両党の支持票をさらった。「共和国前進!」の政策はむしろ保守的な色彩が強く、中道路線を強調した背景には選挙戦略もありそうだが、こうした行動は今後も欧州各国で活発になるかも知れない。

●EU構造改革はマクロン=メルケル体制のもとで可能か?

最終的に反エスタブリッシュメント政府が誕生しても、低所得者の多い南部を支持基盤とする左寄りの「五つ星運動」と、北部を支持基盤とする急進右派の「同盟」の間には政策面の溝もあり、連立にどれほどの持続力があるかは不明である。とは言え中核国であるイタリアでEU懐疑派政府が誕生すれば、EUの運営面への影響は自ずと発生する。例えばEUの共通政策の策定であらかじめイタリア政府の意向に配慮せざるを得なくなる状況などが考え得る。

反EUの流れを止めるうえで重要度を増すのはフランス、ドイツが主導役を期待されているEU構造改革の行方だ。改革に意欲的なマクロン大統領にメルケル首相も賛同しており、両国は6月までに改革のロードマップを示す方針だ。しかしマクロン氏が特に重視するユーロ圏改革、特に欧州通貨基金(EMF)の創設はドイツ国内からの反発が根強い。昨年の総選挙で辛うじて政権を維持したメルケル首相は、ユーロ圏改革への取り組みにあたり与党内からも牽制を受けている。こうした状況が存在する一方で政権交代がリスクとなるため、改革はマクロン=メルケル体制のもとで完了しなければ実現が疑わしくなる。メルケル首相の任期は21年まで、マクロン大統領の任期は22年まで。EUにとっては向こう4年程度が正念場となりそうだ。

(本稿は5月29日時点の状況に基づくものです)

(注1)欧州議会では両党ともEU懐疑派の政治グループに属している。「五つ星運動」は「自由と直接民主主義のヨーロッパ(Europe of Freedom and Direct Democracy: EFDD)」のメンバーで、このグループには英国のEU離脱(Brexit)の先導役となったイギリス独立党(UKIP)がいる。また「同盟」は「国家と自由のヨーロッパ(Europe of Nations and Freedom)」に属し、このグループではフランス大統領選を争ったマリーヌ・ルペン氏率いる「国民戦線(FN)」が主要な勢力となっている。

(注2)キャッチ・オール(Catch-All)政党、ビッグテントとも呼ばれる。欧州では反EUや移民制限、反緊縮など、国民の関心を集める単一もしくは少数の政策課題においてのみ主張を明確にし、その他については立場や実現性などをあいまいに示す戦略が成功しているように感じられる。

コラム執筆:田川 真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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