ベトナムはいま、最も注目される国の一つだ。国際協力銀行(JBIC)のアンケート調査(注1)によれば、「中期的有望事業展開先国」として中国、インドに次ぐ第3位にランクインしている。ベトナムは、安価な労働力を背景に、輸出志向型の生産拠点として海外メーカーの進出が活発であり、消費市場としても今後大いに期待できる国だ。一方で、ASEAN後発国として産業高度化の遅れが課題とされており、安価な非熟練労働者を多く抱えるが故に、第4次産業革にともなうAIやロボットの導入によって甚大な影響を受けることが予想される。国際労働機関(ILO)のレポート(注2)によれば、今後10~20年のうちに、ベトナムの7割もの雇用が生産自動化によって失われるリスクが高い。
現状においても、同国の主要産業である縫製業では、ニット製のカジュアルシューズ等を中心にコンピュータが組み込まれたミシンを使った自動化による大量生産が主流となりつつあり、技術革新の波はすでに押し寄せている。その背景には、インフレ率を大きく上回るレベルで人件費の高騰が続いていることがあり、機械への代替が進みつつあるのだ。上記のJBICのアンケート調査でも「労働コストの上昇」を課題に挙げる進出企業が多い。今後も人件費の上昇は続くとみられ、自動化の進展にさらに拍車がかかるだろう。
そうした中、産業高度化に対応した人材育成や成長産業への労働移動がベトナムの喫緊の課題である。ベトナムの労働力の質は、他のASEAN諸国と比べて学歴等の基礎学力の面で見劣りするほか、とりわけ高度熟練労働者の割合が低い(図表1)。学校教育の質や高等教育の就学率の向上が当然必要だが、最も重要なのは「民間部門による人的投資」だと筆者は考えている。その理由は、将来の雇用のミスマッチを軽減する上で効果が大きいと考えられるためだ。現状、ベトナムの失業率は2%台で推移しているが、最近の傾向として、大卒・短大卒の失業率が学歴別で最も高い4%台まで上昇している。皮肉にも、貴重なはずの高学歴層の方が失業率は高まっている。その背景がまさに雇用のミスマッチであり、高学歴の求職者は給料面等で高待遇の外資企業に就職を希望する傾向が強い一方、企業側が求めるほどの知識レベルに達していないほか、外資企業の採用では専門知識よりも外国語(英語や日本語)の熟練度が重視されることも多いからだ。市場や技術が目まぐるしく変化する中、既存の学校教育だけではニーズに即した質の高い労働力を供給することが難しいため、民間部門の担うべき役割が大きくなる。
実際、民間部門による高度人材の育成プログラムがいくつか立ち上がっている。例えば、ベトナムのIT最大手のFPTソフトウェアは、自社が運営する大学で専門知識を学ばせ、自前でIT人材を育成している。同社は、最大顧客が日本企業であるため日本語教育も推進しており、また、第4次産業革命の本場ドイツのシーメンスと提携して、研修プログラムの構築にも取り組んでいる。外資企業では、トヨタやサムスン電子が学生向けに職業訓練プログラムを提供し、ITをはじめとする専門知識の習得支援を行うと同時に、優秀な現地学生の囲い込みを図っている。海外メーカーによる教育支援は、先進工業国からの技術・ノウハウの移転にもつながる。進出日系企業を含めた民間企業が、ベトナムの人材育成をリードすることで、同国の経済成長率を中長期的に底上げし、より有望市場へと成長させていくだろう。
注1. 「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2017年度海外直接投資アンケート結果(第29回)-」(国際協力銀行)を参照。
注2. "ASEAN in transformation: The future of jobs at risk of automation" (International Labour Organization) を参照。
コラム執筆:堅川 陽平/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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