このところ、中東の不安定性が高まっている。毎年年初にユーラシアグループが発表し、注目を集めている"TOP RISKS"(世界10大リスク)では、2017年のリスクの一つとして「テクノロジーと中東」が挙げられていた。実際、2017年6月に発生したカタール断交問題ではフェイクニュースの拡散等、テクノロジーが中東の不安定化に利用された。そして、2018年の"TOP RISKS"では、「アクシデント(地政学リスク)」としてシリアが言及され、加えて「米・イラン関係」が挙げられている。
また、米国の超党派非営利組織"Council on Foreign Relations"が公表している"Global Conflict Tracker"では、認定する28の紛争のうち、8つが中東・北アフリカで発生しているものとなっている。【図表1】
このように、2018年においても世界情勢の不安定要因として認識される中東地域であるが、中でもサウジアラビアの動向には注意しておく必要がある。サウジアラビアは2017年6月に就任したムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MbS)のもと、対外強硬路線を強めており、その結果、イラン、イエメン、カタール、レバノン、シリアといった中東諸国においてサウジアラビアの影響が色濃く見られているため、以下において整理する。
そもそも、サウジアラビアが対外強硬路線を進める一番の要因として、イランの勢力拡大が挙げられる。「シーア派」対「スンニ派」、といった宗派対立の文脈で語られることの多い両国の対立路線は、2015年のイラン核開発合意(JCPOA)採択以降、より鮮明となっている。王制を打倒しイスラム革命によってイランが成立したという歴史的背景、中東域内でのシーア派勢力の拡大(レバノン、シリア、イラク、バーレーン、イエメン)に加え、制裁解除によりイランの経済力が拡大している点が、サウジアラビアにとっては懸念材料となっている。【図表2】
その結果、周辺国においてサウジアラビアとイランの「代理戦争」ともいえるような対立が見られており、この関係は2018年も継続していくであろう。
次に、サウジアラビアの対外強硬路線として顕著な例がイエメン内戦への介入である。2015年から始まったイエメン内戦において、サウジアラビアはハーディー暫定大統領勢力を支援している。対立する勢力の一つであるシーア派系武装組織「フーシ派」は、レバノンを拠点とする急進的シーア派イスラム主義組織「ヒズボラ」の支援を受けているといわれるため、サウジアラビアにとってフーシ派によるイエメン支配は許容できるものではない。
「ヒズボラ」を通じてイランとの代理戦争の様相を呈するイエメン内戦は、反ハーディー暫定大統領勢力として、「フーシ派」と共闘していたサレハ元大統領が「フーシ派」に殺害されるなど、勢力争いが一層複雑化しており、解決の糸口が見出しにくくなっている。
また、2017年6月にはサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトがカタールとの断交を発表して世界を騒がせた。カタールが「テロ組織を支援していること」などが主な理由とされているが(注1)、カタールのイランとの接近も理由の一つとみられている。サウジアラビアは国境を封鎖する等の措置をとり、モノの流入を制限することでカタールへ圧力をかけることを図ったものの、カタールはトルコやイランとの通商を拡大することで対応している。2017年12月に行われた湾岸協力会議(GCC)の首脳会議では、国家元首の出席はカタールと開催国クウェートのみとなり、GCCの枠組みが形骸化しつつある実態が明らかとなるなど、事態は長期化している。
レバノンについては、2017年11月にハリーリ首相がサウジアラビア滞在中に突如、首相職の辞任を表明した。ハリーリ首相はサウジアラビアとの二重国籍で同国から支援を受けているとされるが、レバノン国内のヒズボラ勢力の拡大を阻止できなかったハリーリ首相に対し、サウジアラビアが改善を求めて、圧力をかけた結果、辞任を表明したとみられている。しかし、ハリーリ首相はフランス経由でレバノンに帰国後、国内政治の安定のため野党勢力とも協議し、辞任を撤回した。ハリーリ首相は今年1月に開催されたダボス会議で、「イランとbest relationshipを必要としている」といった、サウジアラビアにとって好ましくない発言をするなど、依然として禍根を引きずっている。
そして、最も状況が混沌としているのがシリア情勢であろう。シリアにおいては、中東諸国だけでなく、欧米諸国、ロシアを巻き込んで、地域の政治秩序をめぐる争いとなっている。最近までイスラム国(IS)掃討に対して、ロシアやイランの支援するアサド政権勢力と、サウジアラビアらや欧米諸国が支援する複数の反アサド勢力が目的を共有していたが、IS掃討が進むにつれ、様々な勢力間の対立が再燃している(注2)。アサド大統領派が優勢とされる中、米国によるシリア駐留長期化表明、トルコによるシリア国内のクルド人居住地域への侵攻など、新たな火種も生まれている。国連による和平協議が暗礁に乗り上げる一方、ロシア主導の和平協議がすすめられ、1月末にはロシアのソチで「シリア国民対話大会」が開催された。この会議では現行憲法の是非を協議する委員会の設置などが決議されたが、反体制派や米仏は参加をボイコットしており、ロシア主導でシリアの和平が進むかは懐疑的な状況にある。
以上、不安定な中東諸国の状況とサウジアラビアの関わりを概観したが、サウジアラビアが積極外交を続ける背景には①米国の中東政策、②サウジアラビア内政の状況、といった要因も存在する点を最後に指摘しておく。
シリアで顕著なように、中東情勢は欧米やロシアといった域外の大国の思惑にも左右される。特に米国トランプ政権は、イランの封じ込めという中東政策の柱の元で、サウジアラビアと利害が共通する部分があるため、周辺諸国と軋轢を生む現在のMbSの積極外交を助長している側面があるといえよう。
また、サウジアラビアの内政に目を向けると、原油依存の経済構造から脱却するためにVISION2030と呼ばれる国家計画が進められている(注3)。この急進的な内政改革を推し進めていく上でMbSのリーダーシップは不可欠であり、それを強固なものにするために対外政策における成果も求められている。
上述のような内外の要因からもMbSは引き続き強硬な外交路線を維持することが想定される。そのため、2018年も中東情勢は不安定な状況が継続する可能性が高く、サウジアラビアの動向には注意を払っておく必要があるだろう。
(注1)ムスリム同砲団や、フーシ派が、サウジアラビアやUAEからテロ組織と認定されている。
(注2)アサド政権勢力をロシア、イラン、中国が支援する一方、自由シリア軍やクルド人民防衛隊といった複数の反アサド勢力を、欧米諸国、トルコ、サウジアラビアを中心としたスンニ派諸国がそれぞれの思惑で支援している。
(注3)足元では原油価格の上昇をうけて、サウジアラビア経済には追い風が吹いている。IMFの2018年1月見通しによると、実質GDP成長率は、2017年はマイナス成長(▲0.7%)であったが、2018年:+1.6%、2019年:+2.2%と予測されている。なお、この見通しは2017年10月のIMF見通しに比べ、0.5%~0.6%の大幅な上方修正となっている。
コラム執筆:常峰 健司/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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