年明け以降の株高で忘れられがちだが、世界的な低インフレ傾向は現在も続いている。直近の消費者物価指数(変動の激しいエネルギーと食品を除いた前年比)を見ると、米国+1.8%(12月)、ユーロ圏+0.9%(12月)、日本+0.1%(11月)と、米国は比較的高めであるものの、軒並み経済が好調な割に低インフレが続いている。中国でも12月の消費者物価指数(総合、前年比)は+1.8%と、6%を超える経済成長率の割には驚くほど低い。

筆者は足元の世界的低インフレについて、その答えを「世界的需給ギャップ」に求めたい(需給ギャップとは「実際の経済成長率―潜在成長率(経済の実力)」。これがプラスだと物価上昇圧力が、マイナスだと物価抑制圧力が生じるとされる。)その理由は以下の3点だ。
①IMF World Economic Outlookのデータを見ると、先進国グループだけでなく新興市場国グループでも消費者物価上昇率が縮小しており、技術革新等の構造的要因では説明が難しい。
②同データによれば、先進国グループ・新興市場国グループいずれも消費者物価上昇率の縮小はリーマンショック後の反動成長が終わった2012年から始まっており、リーマンショック後の低成長(需給ギャップマイナス化の原因)との関係が疑われる。
③簡便的に需給ギャップを算出すると、2017年の段階で先進国グループでは需給ギャップは概ね解消されているが、新興市場国グループでは需給ギャップが残っている。

もし筆者の考え方が正しければ、足元の世界的低インフレは需給ギャップによる一時的なもので、経済成長が加速し需給ギャップが解消されれば再び各国のインフレ率や金利は上昇し、各国中央銀行はインフレ抑制のための利上げを迫られることになろう。もし筆者の考え方が間違いで、足元の世界的低インフレの原因が技術革新などの構造的要因であれば、今後長期に亘ってインフレ率や金利は伸び悩み、各国中央銀行は金融緩和を続けることになろう。

ただし筆者は日本については上記の需給ギャップ原因説が当てはまらないように思う。昨年末、日本経済新聞の「エコノミストが選ぶ経済図書」で堂々の第1位に輝いた「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」(玄田有史編)は、日本で賃金(≒物価)が上がらない原因として、「労働需給」のほか「行動(賃金の上方硬直性など)」「制度(人事制度など)」「規制(医療・福祉など)」「非正規雇用」「能力開発(の不足・失敗)」「年齢(高齢化など)」といった日本独自の構造的低インフレ要因を挙げている。つまり世界の一時的低インフレと日本の構造的低インフレは全くの別物なのだ。実際、日本の労働需給は既にタイト化しているが、それでも2017年1-11月の現金給与総額前年比上昇率は+0.4%にとどまっている。一方、米国では労働需給のタイト化により、2017年通年の民間企業平均週給は前年比+2.6%も上昇している。この事実は、労働需給が日本の賃金・物価低迷の主因でないことを物語っている。

昨年10月からFRBが保有資産縮小を通じた本格的な金融引締めを開始したことから、日銀にも同様の動き(具体的には10年国債金利の誘導目標を現在の0%から引き上げる等)を予想・期待する見方が増えているように感じる。しかし日銀の使命はあくまでも物価安定目標(2%)の達成だ。そして日銀の前には、世界が一時的に経験しているのとは全く別の、日本独自の構造的低インフレ要因が立ちはだかっている。従って、黒田総裁が本年4月以降も続投するという前提に立てば、物価安定目標(2%)の達成が視野に入らない限り、日銀は今年も金融引締めの方向には一歩も動かないだろうと筆者はみている。実際、昨年12月21日の定例会見で黒田総裁は、はっきりと以下のように述べている。「景気がよいからそろそろ金利を上げるかとか、そうした考えはなく、2%の『物価安定の目標』を達成することとの関連でみていくということになります。もちろん、従来から申し上げているように、モメンタムが維持されている限りは現状を維持するわけですが、モメンタムが維持されないおそれがある場合には、更なる緩和を考えますし、他方で2%がもう達成される、あるいはそうした状況になっている時に、全く『イールドカーブ・コントロール』を変えないということはないと思いますが、あくまでも2%の『物価安定の目標』が達成されるかどうかということとの関連でみていきます。」

日銀が政策持続性の観点から長期国債購入額の縮小を余儀なくされながらも、「年間80兆円の長期国債購入額のめど」を掲げ続けているのは、「長期国債購入額縮小は政策持続性のためやむを得ぬことで、決して出口戦略への接近ではない」ことを市場に示すための日銀の決意の旗印なのだと筆者は理解する。

コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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