昨年12月26日、日本政府は世界に先駆けて水素社会を実現するための「水素基本戦略」を決定した。基本戦略は、2050年を視野に入れ、水素社会実現に向けて将来目指すべき姿や目標として官民が共有すべきビジョンであるとともに、その実現に向けた2030年までの行動計画となっている。今回、発電利用の定量目標が示されたことは意義があるが、コストに影響する水素の環境価値を評価する仕組み作りが継続検討となっている。今後、早い段階で方向性が示されることに期待したい。
水素社会の実現には、水素の調達コストの低減が不可欠である。基本戦略では、水素を安定的かつ大量に消費するため、発電利用を最重要分野として位置づけた。2050年には、発電容量1,500万~3,000万キロワット時に相当する年間500万~1,000万トン程度を調達することで、LNG火力発電と同等のコスト(1キロワット時当たり12円)まで発電コストを引き下げることを目指す。水素発電は、水素を大量消費するための手段に留まらず、再生可能エネルギーの導入拡大に必要となる調整電源・バックアップ電源とDFしての役割を果たしつつ、低炭素化する有力な手段になり得ることも示している。
また、モビリティ利用では、水素・燃料電池ロードマップで設定した燃料電池車(FCV)の導入目標や家庭用燃料電池(エネファーム)の設置目標は据え置く一方で、新たに、燃料電池バスと燃料電池フォークリフトの2030年までの導入目標をそれぞれ1,200台、1万台と設定した。近年、次世代自動車の潮流が電気自動車(EV)に傾きつつある中で、燃料電池(FC)の優位性(大型・長距離輸送、充填時間の短さ)を踏まえて設定されたものであろう。
供給面では、水素を大量調達するアプローチを基本とし、海外の褐炭等の安価な未利用エネルギーや再生可能エネルギーを活用した水素製造を目指し、国際的なサプライチェーンの構築を進める方針である。なお、効率的な水素の輸送・貯蔵を可能とするエネルギーキャリアとしては、液化水素、MCH(メチルシクロヘキサン)に加え、アンモニアやメタンの活用可能性も示している。アンモニアは、水素キャリアであると同時に直接利用も可能、メタンは直接利用のみを想定しており、キャリアの直接利用については水素(H2)の利用とは異なる点に留意が必要であることも示している。
今回、水素発電のコストをLNG火力と同等レベルまで引き下げるため、水素の調達コスト・調達量や発電容量の目標が明記されたが、サプライチェーン全体にとって定量的な目標が示された意義は大きいだろう。
今後、水素が有するCO2フリーの環境価値を顕在化し、評価・認定、取引可能にしていく仕組み作りが議論されていくが、開発事業者にとっては極力早期にその方向性が示されることを期待しているだろう。例えば、化石燃料からの水素製造では、CO2回収・貯留(CCS)等のコストが掛かるため、そのコストに対して適切に環境価値が評価されることが経済性を確保するために重要だからである。
基本戦略は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年度を区切りとして進捗状況等がフォローアップされ、必要に応じて見直しが行われる予定である。引き続き、水素・燃料電池協議会等の議論に注目していきたい。
コラム執筆:松原 祐二/丸紅株式会社 丸紅経済研究所