「米国の雇用市場は完全雇用に近付きつつある」。2017年に入り米国の完全失業率が4.5%を下回り始めた頃から、こうした評価が聞こえ始めた。連邦公開市場委員会(FOMC)は、労働市場の改善傾向を受け6月に今年2回目の利上げを行い、年内に再度の利上げを見込む。米国は本当に完全雇用状態になりつつあるのか?

・そもそも「完全雇用」とは?完全失業率とは?
実は完全雇用についての明確な定義はない。1948年以降、最も低い失業率は、朝鮮戦争期間中の1952年に記録した2.5%であり、2000年以降でも3.8%という低い失業率を記録している。それから見れば現在の4%前半という失業率が極端に低い訳ではない。完全雇用の目安としては、1978年に制定された「完全雇用と均衡成長法」が挙げられる。同法は政府が作成する経済目標として、失業率を20歳以上で3%以下、16歳以上で4%以下としている。最新(2017年6月)の失業率の統計では、20歳以上が4.0%、16歳以上が4.4%なので、同水準に照らし合わせると20歳以上では1.0%の開きがある。この意味ではまだ完全雇用には達していない。
また米国における失業率の統計は1つではなく、6種類も存在する(図表1、図表2)。

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通常引用される完全失業率はU-3を指す。U-3は「労働力」(civilian labor force)と数えられる人口のうち、現在仕事に就いておらず、調査期間前の4週間以内に求職活動をしたことがあり、かつ現在就職できる状況にある人口の割合を指す。

・失業しているのに、失業率に含まれない人々
ここで注意したいのが、労働力として数えられない人はどういう状況にある人かということだ。労働力に含まれないのは、簡単に言えば「仕事に就いておらず、仕事を探していない人」だ。典型的なグループは就学中の学生や、定年を迎えた高齢者である。また、主婦等が家事で就業しておらず、過去4週間求職活動はしていないケースもある。しかしそうした人たちのなかで、就業意思はあり過去1年以内に求職活動を行った人は、労働力とは数えられないが「縁辺労働力」として扱われる。その他にも、そもそも求職環境が悪く求職を諦めた人や、何らかの事情で求職を行わない人も労働力には含まれない。つまり、こうした労働力に含まれない人たちが就業できていない状況は、労働力だけを分母としている一般的なU-3失業率には反映されていない。
16歳以上で労働力として数えられる割合を「労働参加率」と言う。図表3が示すように、労働参加率は女性の社会進出を受け2000年代初頭に67%まで増加したが、その後下落が続いている。労働参加率が下がる要因として、若者の高学歴化や人口全体の高齢化もあるが、働き盛りの25-54歳の男性だけを取り出してみると、実は戦後一貫して下落傾向にあり、近年は90%を下回っている。つまり、働き盛りの米国男性のうち10人に1人は働ける状況にも関わらず、求職すらしていないという状況だ。

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更に言えば、労働参加率の分母も、16歳以上の全人口ではない。計算の分母に使われるのは、施設に入っていない市民人口(Civilian Noninstitutional Population)というカテゴリーで、服役囚や精神疾患者の設備等に収容されておらず、軍隊にも属していない人たちを指す。つまり、近年米国で問題となっている薬物中毒や犯罪者による収容者は、そもそも労働参加率の計算にも反映されず、もちろん労働力の計算にも反映されない。

・トランプ大統領が射止めた「忘れ去られた人々」
昨年11月に米国大統領に当選したトランプ大統領は、演説でよく「忘れ去られた人々は、もう二度と忘れ去られない」という言葉を発する。これは機械化や工場の他地域への移転等で職を失った元製造業労働者で、サービス業等の他業種への求職活動を行わないため労働力として認められず、一部は薬物や犯罪に手を染めてしまい、労働参加率の計算にも含まれない人々を含むのではないだろうか。昨年の大統領選挙前に、米国でJ.D.ヴァンス氏の『ヒリビリーの哀歌』という自叙伝がベストセラーとなった。本書は、著者の血筋である南東部のアパラチアエリアで、こうした忘れ去られた人々の退廃してしまった生活を描いたものであり、トランプ氏の躍進をきっかけとして、こうした人々への関心が高まりつつある。
米国が完全雇用になりつつある、という現象の裏側には、こうした忘れ去られた人々がいることは念頭においておくべきだろう。

コラム執筆:阿部 賢介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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