第143回のコラムでも紹介した経済同友会の再エネ提言書(注1)では、水力発電のさらなる活用も提言されている。しかし一般的には、再エネ普及策の議論の入口で「(大規模)水力発電は【自然条件等の制約】でもう増やせないから」という枕詞がつくことが多く、「水力は安くて安定していて良いのだが、残念ながらもう開発できる場所がない」というのが共通認識となっていないだろうか。今回は水力発電について考えてみる。

1.大規模水力発電増強の障害は自然条件ではなかった
国土交通省の東北地方整備局に、当社がビジネス面で震災復興のお役に立てる点がないか、お話をうかがいに行ったことがある。やり取りの中で筆者が既設の水力発電の規模拡大の可能性を尋ねたところ、「水利権が課題」ということであった。水力発電で使った水は元の川に戻すはずなので、水利権という言葉には違和感を覚えたが、調べてみると実際には水が川に戻るのはかなり下流になることもあるらしい。こうした問題に詳しい人物の話を聞いてみたところ、村落の水没等の大きな犠牲を払うダム建設を計画する際には、発電その他の用途の水利権等に加えて、多くの流域関係者の合意の上で容量を設計しているため、一度決めた流量や水利権等の合意内容はおいそれと変更するわけにはいかないないという事情があるようだ。もしそうした合意が柔軟に見直せるようでは当初のダム全体の設置計画の妥当性が問われかねない、というのが問題の本質らしい。いかにも日本人らしい過去へのこだわりがここにもある。

2.大規模水力発電に、風力・地熱よりずっと大きなポテンシャル
実際、資源エネルギー庁発表の資料(注2)によれば、「自然公園法や地元調整等自然・社会環境上の障害があるが解決可能とされる地点の開発等が進んだ場合」、それだけで大規模55万kW、中小規模164万kW、新増設の可能性を含めれば大規模90万kW、中小規模206万kW(合わせていわゆる原発約3基分)の導入が可能だとしている。

20160906_marubeni_graph01.JPG

日本経済研究センターの資料(注3)「水力発電、ダム増設なしで930万kWの増強可能」(2015年6月1日)ではもっと大きなポテンシャルが示されている。有識者が集まった議論で、ダムを増設しなくても、即ち自然条件の制約を受けずに、930万kW(原発約9基分)の増強が可能という結論となったという。およそ半分は発電機の付設などによる設備増強によって、また残り半分は利用目的の変更等の規制改革によって増強が可能とのことである。このレポートは「ダムは治水、利水など利用目的が決まっており、規制改革を進めないと柔軟に発電向けとして使えない。目的を変えようとすると2つ以上の法律に引っかかり、許認可が必要になる」と問題点を指摘している。

この930万kWという数字を、固定価格買取制度導入~平成28年4月末の各再生可能エネルギー導入量と比較すると、太陽光に比べれば1/3に過ぎないものの、風力やバイオマスの15倍以上にも達する。この数字はダムの新増設を伴わない場合の数字であり、実現までのリードタイムも短い。技術開発が進めば自然に優しいダムを新増設できる可能性もあるだろうから、設備容量上積みの余地もある。エネルギーミックスや温暖化効果ガス削減目標の議論で再エネをどうやって最大限導入できるかを考える際に、「どうせ【自然条件等の制約】でもう増やせない」と水力を簡単に切り捨ててしまうのは、実は大きな間違いであることがわかる。

20160906_marubeni_graph02.JPG

このように、安価で比較的安定している再エネ優等生の水力発電には、わが国ではまだ大きなポテンシャルがある。この水力発電をさらに活用できるかどうかの課題は、自然条件の制約ではなく、何十年も前にダムを設計した時点における治水、利水等の利用目的を見直すかどうかといった社会的・人為的な「決めの問題」である。メディアの報道を始めとした現状認識がまず正され、過去に決めたルールも情勢の変化に応じて改めたほうがよいものは改めるという国民の意識改革ができれば、水力発電がわが国のエネルギー問題を解決する切り札となるだろう。

(注1)2016年6月28日経済同友会 環境・資源エネルギー委員会 『「ゼロ・エミッション社会を目指し、世界をリードするために」―再生可能エネルギーの普及・拡大に向けた方策―』(外部サイトへ遷移します)
(注2)資源エネルギー庁 『再生可能エネルギー各電源の導入の動向について』(平成27年3月)(外部サイトへ遷移します)
(注3)(公社)日本経済研究センター 『水力発電、ダム増設なしで930万kWの増強可能』(2015年6月1日)(外部サイトへ遷移します)
なお、同センターにおける議論の際には、 (一社)日本プロジェクト産業協議会の提言を参考にしたそうである。(外部サイトへ遷移します)
(注4)資源エネルギー庁 『再エネ設備認定状況 平成28年4月末時点の状況』(平成28年8月4日更新)(外部サイトへ遷移します)

コラム執筆:松原 弘行/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

■ 丸紅株式会社からのご留意事項
本コラムは情報提供のみを目的としており、有価証券の売買、デリバティブ取引、為替取引の勧誘を目的としたものではありません。
丸紅株式会社は、本メールの内容に依拠してお客様が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。
投資にあたってはお客様ご自身の判断と責任でなさるようお願いいたします。