1.中国越境EC市場の拡大とその背景
近年中国では越境EC(インターネット通販サイトを通じた国際的な電子商取引)市場が順調に拡大してきた。日中間の越境EC市場も好調が続くと見込まれ、2018年中国が輸入するB2C(企業対個人)越境EC市場の規模は1.4兆円で、2015年の約1.7倍に達すると予測されている(経済産業省)。市場拡大の要因として、中国国内ネット環境の整備、所得の向上に伴う消費需要の高度化、人民元高などが挙げられるほか、新業態である越境EC小売輸入に対して、「行郵税」(注)しか課税されなかったこと、また、一般貿易ほど厳しい通関規制・手続きが要求されなかったこと、などの政策面の環境も、実は業界の発展を大きく手助けしてきたと見られている。

2.新制度の導入背景と改定内容
一方、競合する一般貿易企業からすれば、B2C越境ECが貿易の性格を持つにも拘わらず、適用される税金・通関制度は大分緩いことは不公平であり、また、政策面でも税金流失等の問題が浮上してきた。こうしたことを背景に、3月24日中国財政部などが「越境EC小売輸入の税収政策に関する通知」(4月8日より実行)を配布し、B2C越境ECによる輸入商品を正式に「貨物」として認定、主に①課税基準・課税科目の調整、②輸入商品リストの導入、③通関条件・手続きの明確化の3つの面から、制度が調整されようとしている。
今回の変更によって、越境ECによる小売輸入は行郵税の適用範囲から外され、一般貿易に近いスキームで課税されることに加え(図表1)、輸入可能な商品は当面個人用生活用品を中心とする合計1,293品目に限られると決定された。また、上記商品の通関条件として、注文・支払・物流の電子データの提出が義務づけられ、さらにその内の約4割の商品には検疫許認可部門が発行する通関書類の提出が必要とされた。

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3.制度変更の影響
管理のグレーゾーンであった越境EC業界を正式に管理の枠組みに組み入れるのは、業界の長期発展においては確かに必要なことだと考えられる。しかし、新制度への移行に十分な適応時間が与えられていないため、足元では様々な問題が引き起されているようだ。
まず、税制変更の影響を受け、全ての商品が増税対象になるわけではないが、試算によると(図2)500元以下の紙おむつなどの日用雑貨と100元以下の化粧品などの税金が押し上げられ、値上げ圧力が高まっている。また輸入商品リストの導入で、急に輸入できなくなる商品があり、好調だった販売を中止せざるを得ないケースや、保税区に入ったのに通関申請書類が揃っていないために出荷できなくなる商品が出るなどのトラブルも発生しているようだ。新華社の報道(5月10日)によると、新政策実施開始からの一ヶ月間、杭州越境EC総合試験区の入出荷量は前月より57%ほど減少した。対策として、当局は通関書類制度の運用を一年間延期することなどを検討していると言われている。

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また、直接・間接的にB2C越境ECを活用して、中国市場に進出している日本企業側(図3)から見ても、幾つかの影響があると予想される。一つは越境ECサイトの品揃えの変化による影響である。今まで日本製の紙おむつ、粉ミルク、また保健食品など(500元以下)は実需が高く、また、消耗品でリピート購入率が高い、免税枠も適用できるといった特性から、多くの越境ECサイトで主力商品として扱われてきた。しかしこれらの商品は性質面ではほぼ同質で、激しい価格競争にさらされているという事情から、新税制への移行を機に中小ECサイトが、主力商品を500~2,000元の価格帯の商品、特に通関書類などの輸入規制のないアパレル、インテリア用品、小物家電などに変更する動きが予想される。第2に、輸入商品リストに掲載されていない商品の輸入は原則としてできなくなるため、そういった商品を扱う日本企業にとっては、これまでのような気軽な「中国市場試し」が難しくなる可能性がある。

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新制度への変更によって、好調だった中国越境ECの発展には短期的にはブレーキがかかることになるかもしれないが、これを契機に業界がより成熟することだろう。中国の越境EC業界はまだ実験段階であって、制度の調整余地もある。前述したように、中国国内消費需要の高度化を背景に、日本製など海外商品に対する中国消費者の底堅いニーズは今後も続くと見られ、中国越境EC業界の動向からは今後も目が離せない。

(注)行郵税とは、個人が海外から持ち込む手荷物や個人の郵送物を対象に課する税金。

コラム執筆:劉 楊/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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