昨年6月、経済産業省は「水素・燃料電池戦略ロードマップ」をとりまとめ、発表しました。「水素の利活用により、大幅な省エネルギー、エネルギーセキュリティの向上、環境負荷低減に大きく貢献できる可能性がある」ほか、産業政策としても有効であるとして、「水素を日常生活や産業活動で利活用する社会、すなわち『水素社会』の実現を目指す」というものです。昨年12月には、トヨタ自動車が水素を燃料とする燃料電池自動車「MIRAI」を発売するなど、俄かに「水素」がビジネス界のキーワードの1つとして注目されるようになっています。
もっとも、水素の利活用には様々な課題があるため、経済産業省の「ロードマップ」では、3つのフェーズに区切った中長期的な取り組みが示されています。フェーズ1では、家庭用燃料電池(エネファーム)の普及や、価格競争力のある燃料電池自動車の実現(2025年頃)が目標です。フェーズ2では、海外からの安価な水素の輸入を実現することなどで、発電事業用の水素発電を本格導入すること(2030年頃)が目標になっています。そして、フェーズ3では、CCS(二酸化炭素回収・貯蔵)や国内外の再生可能エネルギーを組み合わせたCO2フリーの水素の製造・輸送・貯蔵の本格化(2040年頃)を目指すとしています。
水素の利用形態としては、エネファーム(現在はLPガスや都市ガスから水素を取り出して利用)が既に一定程度普及しており(2015年5月末で12.5万台)、燃料電池自動車も販売が始まっていますが、今後、発電事業用の水素発電が本格導入されれば、水素の需要は飛躍的に高まると期待されています。仮に水素専焼の100万kW級水素発電所が誕生した暁には(国内火力発電所の0.7%に相当)、年間23.7億Nm3の水素需要が生まれると試算されています。これは、燃料電池自動車223万台、家庭用燃料電池(純水素型)の105万台分に匹敵する規模です。このステージに至れば、大規模な水素サプライチェーンの構築も不可欠となり、「水素社会」と呼べるオーダーの水素の利活用が実現するものと見込まれます。
他方、水素需要が増加する(化石燃料を代替する)だけでは、必ずしも「環境負荷低減に大きく貢献できる」わけではありません。水素は自然界にそのまま存在する「一次エネルギー」ではなく、化石燃料等から作る「二次エネルギー」であり、現在は水素製造時にCO2が発生することが多いからです。水素は燃焼時にはCO2が発生しないため、製造時のCO2を大気に逃がさないようCCSを活用することや、再生可能エネルギーを用いた水の電気分解で水素を作ることなどで、トータルでCO2フリーのエネルギーとすることは可能です。コスト・技術面のハードルは決して低くはありませんが、「ロードマップ」が見据える水素社会の完成形は、この「CO2フリーの水素の利活用」にあるといえるでしょう。
政府は、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた9つの技術プロジェクトの1つに「水素エネルギーシステム」を掲げ、世界に売り出す弾みとする計画です。こうした中で、民間企業でも水素ビジネスへの取り組みが活発化しています。先に挙げた燃料電池自動車やその燃料を供給する水素ステーションのように、既に事業として導入が始まっているものから、将来の大規模な水素需要に対応する水素サプライチェーンの研究まで、様々な形・規模で企業の参画が増えています。「水素社会」は、実現するとしてもまだまだ先の話になりそうではありますが、その「胎動」が見られる現在から先鞭をつけ、長期展望の下に水素ビジネスの価値を見出す企業が増えてきているのかもしれません。
コラム執筆:安藤 裕康/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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