およそ30年前、筆者の子供の頃は「動物性油脂のバターよりも植物性油脂のマーガリンの方が体に良い」と言われていた。ところが、近年は状況が変わってきている。身近な食べ物の味が慣れ親しんでいたものから変わる、そんなケースも出てきそうだ。
1.米食品医薬品局は部分水素添加油を原則禁止へ
2015年6月16日、米食品医薬品局(FDA)は、トランス脂肪酸(注1)の主要な起源となり得る部分水素添加油(PHO)について、「食品への使用が一般的に安全とは認められない」として、2018年6月以降、食品に加えることを原則禁止すると発表した。主に大豆油などの液状油に対して部分水素添加を行うことによってマーガリンのような固形油としたり、酸化安定性(注2)の高い液状油としたりすることが出来る一方で、水素添加工程は心臓疾患のリスクを高めるとされるトランス脂肪酸の発生源となることで議論の的となっていた。
PHOの使用は昨日今日に始まったことではない。1911年にP&G社によって世界ではじめて発売されて以来、その有用性ゆえに多くのメーカーによって一世紀以上製造、使用されてきた。ただ、近年はそれに含まれるトランス脂肪酸について安全性が疑問視されることが増えており、1999年にFDAが加工食品への含有量表示にトランス脂肪酸の量を記載するように提案(2006年に義務付け)、2003年にデンマークで、2008年にスイスでトランス脂肪酸含有量に対して規制が実施され、米国でも2013年にPHOの規制案が公表されていた。これらの動きとともに大手食品メーカーは段階的にPHOの使用を減らしてきており、この結果米国では食品等に使用される大豆油は2006年から2013年までの間に10%以上減少した。
2.規制によって変わるもの~味が変わる?
ここで今回のFDAによる規制だ。前述のとおりトランス脂肪酸を含むPHOの使用は減ってきたが、一部では未だ使用されている。今後はそれらのPHOが、飽和脂肪酸を多く含み、融点や安定性が高いパーム油等に置き換えられる可能性がある(注3)。とは言え、簡単に置き換えられるほど油の世界は単純なものではない。例えば、PHOの中でも中程度硬化油と呼ばれるものは、マーガリン等に配合されることで、「ふわっ」とした良好な口どけに富み、絶妙な食感を有する製品を作ることが出来る。パーム油による置き換え以外にも代替技術や原料(注4)は存在するが、従来品と同一の味、香り、食感を、同等のコストで製造することは容易ではない。中には、異なる風味となったり、値上がりしたり、あるいは製造、販売をやめてしまう製品が出てくるだろう。
3.規制によって変わるもの~主役が変わる?
油脂市場に対してはどのような影響を与えるのだろうか。まずは、PHOの主要な原料である大豆油と、油脂の代表格であるパーム油の2000年以降、最近までの価格推移(米ドル建)を見てみよう(図1)。
本年春先まではパーム油、大豆油ともに2009年以来約6年ぶりの低水準で推移していたが、春先以降はパーム油の輸出が順調に伸びたことや、米環境保護局がバイオディーゼル(注5)の使用量を増やす提案を行ったこともあり、足元では底を打ちつつある。
これまで、大豆油とパーム油の先物は、需給環境、主要産地及び消費地、取引条件等が異なるにもかかわらず、代表的な用途である食品用途においては代替的な関係にあることから、価格動向には相関があり、パーム油価格+プレミアム=大豆油価格という関係があった。高い生産効率や価格の優位性を背景に、2000年代半ばからは生産量や消費量ではパーム油は大豆油を上回っている。今後世界中でPHOに対する規制が更に厳しくなったときには、大豆油とパーム油の力関係、価格関係にも変化が生じるだろう。近い将来、パーム油の時代がやって来るのかもしれない。
(注1)構造中にトランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸。天然の植物油にはほとんど含まれず、大豆油等に部分的に水素を付加した「部分水素添加油(PHO)」を製造する過程で発生するため、それを原料とするマーガリン、ファットスプレッド、ショートニング等に含まれる。さらに、これらを原料とするパン、洋菓子、スナック、生クリーム等にも含まれる。
(注2)油脂を空気中に長期間放置しておくと、油脂中の不飽和脂肪酸が空気中の酸素により酸化を受ける。化学的な工程を経ていない大豆油は、特に酸化を受けやすい成分(リノレン酸グリセリド)を約10%含んでおり、長期保存の際に臭い等の問題を引き起こす可能性がある。
(注3)パーム油にも問題が無いわけではない。PHOをパーム油に代替すると、トランス脂肪酸は低減できるものの、飽和脂肪酸の含有量を増加させてしまう可能性がある。現時点で規制はされていないものの、米国農務省は、パーム油はトランス脂肪酸の「健康的」な代替油脂にはならないとする研究報告を出している。
(注4)酵素によって油脂の構造を一部変えることで、油脂に所望の物性を付与する技術や、遺伝子組換え技術によって、酸化されにくい油が得られるように改良された大豆等がある。
(注5)米国において供給される大豆油のうち、約4分の1がバイオディーゼル用、残りが主に食品用途に供される。
コラム執筆:近内 健/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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