一年で一番寒い時期を迎えてインフルエンザが流行っているが、予防接種をお受けになっただろうか?注射が効いたかどうかはともかく、その費用が健康保険(健保)でカバーされないことに憤慨されたかたもいらしたことだろう。さらには、その費用が確定申告の医療費控除の対象にもなっていないことには、疑問を感じるかたも多いのではないか?アベノミクスでも健康寿命の延長を目標とした健康・予防サービスの拡大が目玉のひとつとなっているはずなのに、いまだに「予防は医療行為ではない」という哲学が変わっていないのだろうか?

1. 予防医療に対するいくつかの疑念

我が国ではなぜ予防医療が定着しないのかを考えてみると、次のような課題が挙げられよう。
1)予防医療は製薬企業の商売敵
治療薬を販売する製薬企業にとって、発病の予防は商売敵であるから、仮に国や医師会が音頭をとっても製薬企業は協力しない。
2)健保が適用されれば、濫用による健保破綻の懸念
予防のためのサプリメント摂取や診断・検査を健保の対象とした場合、費用負担の安さの故にそうしたサプリや診断・検査を濫用するモラルハザードが生じ、ひいては健保制度の破たんを招きかねない。
3)予防薬は効能(有効性)を証明するのが難しく、開発が難しい。
誰がいつ発症するかわからず、一生発症しないかもしれない健常人グループを対象に、予防薬の有効性を治験で証明するのは理論的にも難しく、開発費用が莫大になりがちである。
4)疾病が発症してからその患者だけを治療するほうが安くつく
医療経済学的には、診断・検査を広汎に実施して疾病を予防するより、発症してからその患者だけを治療するほうが社会全体の医療費は安くつく(注1)。特に、長期にわたって予防薬を飲み続ける場合はコストが非常に高くなる。

どうだろう、こうした疑念はすべてありがちな課題に思えるのではないか。そこで今回は、文字数の関係で、このうちの1)について考察してみたいと思う。

2. 後発薬(ジェネリック)の台頭で大手製薬企業の考えも変わった?

生活習慣病等の疾病が予防できてしまえば、当該の治療薬を販売している製薬企業にとっては迷惑だろうから、既存薬の販売にマイナスとなる予防薬等の開発を真剣に行う動機は大手製薬企業にはない可能性が確かにある。しかし、インフルエンザ治療薬であるタミフルを売りたいがために、予防接種用ワクチンを効かなくしたり、供給量を絞ったり、値段を上げたり、ということはなさそうだ。実際に国内の大手製薬企業で開発に携わっている知人数名に聞いてみたところ、後発薬が将来普及することを考えると(図表1)(注2)、これまでの稼ぎ頭である既存薬に依存し続けるより、予防医療分野を新規ビジネスとして積極的に検討している/すべきと考えている、との共通した意見であった。むしろ、当該疾病について蓄積した知見を基に予防薬を開発することで、他社に比べて優位性を発揮することも可能なようだ。例として挙げた生活習慣病治療薬は特に競争が激しく、今後は後発薬に切り替わってしまう領域のため、現状への危機感も大きそうだ。

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3. 診断薬の大きな効用:診断と治療をセットにしたコンパニオン診断薬も注目分野

診断薬を用いた予防医療の例としては、米国女優のアンジェリーナ・ジョリーが、遺伝子に変異があると判明し、乳がん発症リスクを減らすため乳房を切除した(注3 )というニュースが記憶に新しい。また、コンパニオン診断薬も有望である。治療薬が高度化するにつれ、副作用が生じやすくなったり、薬代が非常に高価になったりしてきたため、その治療薬の標的となる主に遺伝的なバイオマーカー(分子標的)を持っているかどうかを予め診断薬で判定(スクリーニング)し、薬効の期待できそうな患者のみに治療薬を投与するという考えで、このスクリーニングに用いられるのがコンパニオン診断薬である(図表2)。第95回のコラム(http://lounge.monex.co.jp/advance/marubeni/2014/09/02.html)で述べたように、コンパニオン診断薬と組み合わせた治療を前提に、対象者を絞り込んだ治験を行えば、治療薬の開発期間が短縮でき、開発コストも大幅に削減できると期待されている。

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さて、筆者が出向していた環境省では、庁舎(厚生労働省と同じ建物だった)内の各所にうがい薬が備わっており、うがいの習慣が職員に浸透していた。丸紅への定例報告の際に、オフィスにうがい薬を置いてはどうかと提案してみたところ、「人事部経由で産業医に確認したが、感染症対策としては今のままでも支障がない、と判断する」との回答だったように記憶している。我が国に予防医療意識を定着させるには、まずは身近なところから啓蒙して行く必要があるのかもしれない。

(注1 ) 兪炳匡(2006)『「改革」のための医療経済学』(メディカ出版、p.220-224)
(注2 ) 我が国の場合は平成24年段階でジェネリック医薬品シェアは約40%であったが、ドイツでは80%強、米国では90%超であった。
(注3 ) 将来彼女が乳がんを発症する確率は87%だったが、手術により確率が5%以下に低下したとのことである。

コラム執筆:松原 弘行/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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