1. 原油価格の変調の影響~東アジアを除く新興国に深刻な悪影響

2014年後半に入って一次産品・素材価格の落ち込みが強まっている。特に原油価格(WTI期近2月物)は、年前半の1バレル=100ドル台から、年末の12月31日に09年5月1日以来の安値となる1バレル=52.44ドルまで下落し(終値は1バレル=53.27ドル)、15年に入ってもなお底値はみえていない。

巷間では、一次産品・素材価格の落ち込みは、家計の実質所得向上・消費拡大につながり、結果的に世界経済を押し上げると言われている。
主要地域の貿易収支(RIETI-TID2012年に基づく)について、一次産品価格(原油・石炭・鉄鉱石が貿易の8割を占める)が4割、素材(石油・化学・鉄鋼が貿易の8割を占める)が3割、前年比で下落すると仮定すると、一次産品・素材輸入超過地域である日米欧、中国、香港・韓国・台湾は、それぞれ約4,500億ドル、約2,000億ドル、約1,300億ドル改善する【図表】。中国の改善は一国では最大であり、原油価格の下落だけで約1,200億ドル改善する。また、タイのような工業国とマレーシア、インドネシアのような一次産品輸出国の両方を抱えるアセアンは、小幅ながら約200億ドル改善する。

一方、南西アジア、中東・アフリカ、ロシア・中東欧、中南米からなるその他の国・地域の貿易収支は、輸出の4分の3が一次産品・素材であるため、約8,000億ドル悪化する。
確かに、一次産品・素材価格の下落は、石油消費地域であり、世界GDPの6割以上を占める日米欧・東アジア諸国にとってプラスの効果がある。しかし、石油生産地域であるその他の国・地域にとっては、貿易収支の悪化→為替の下落・投資の抑制→消費の落ち込みと、マイナスの効果があるばかりでなく、増幅するリスクのあるものである。それは、2000年代に入ってからの「消費を中心に拡大する先進国と貿易・投資拡大を中心に拡大する新興国」、「商品価格高による先進国と新興国の格差縮小」、「新興国の信用改善による世界全体の購買力改善」という、世界経済の成長パターンを崩しかねないものである。

日米欧・東アジアの購買力向上がその他の国・地域からの輸入を増加させるのであればよいが、日米欧等の貿易収支改善効果の大半は自国・地域内でのサービス消費にまわるものとみられ、その他の国・地域からの輸入の誘発は大きくないと思われる。その他の国・地域の景気の悪化は、一国レベルでは世界経済にほとんど影響を与えないと考えられるが、80年代初頭の逆オイルショック、90年代後半のメキシコ危機、ロシア危機、アジア危機では、危機が連鎖した。足元は、中東・東欧の国際情勢も悪化している。先進国が風邪をひかなくても、新興国が肺炎になるリスクは残されている。

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2. 15年の見通し~見通しづらい原油価格の回復

一次産品・素材価格を見通すと、15年は価格下落にブレーキがかかってくると期待されている。しかし、世界経済の回復力がなお鈍いとみられることや、世界最大の自動車大国である中国で、自動車需要が2年のブームを経て調整期に入ってきていることなどから、需要面から価格下落にブレーキがかかるとしても、ブレーキの利きは弱いと考えざるを得ない。また、米国の活発なシェール開発やOPECによる調整の不調などにより、原油の増産が続くとみられることや、価格が高い時に着工したコンビナートが引き続き竣工し、米国、中国、中東を中心に石化製品の供給能力増も続くとみられることなどから、供給面からも価格下落の圧力がかかりやすい状態となっている。 

これらを合わせて考えると、一次産品・素材価格の下落は、実際にはマイナスの効果の方が大きくなるのではないだろうか。日米欧と東アジアに対するプラス効果はあるが、一次産品・素材輸出を強みとするその他の国・地域へのマイナス効果は相当厳しく、失速が広がるリスクがある(そもそも足元の原油価格下落は、産油コストの高い国の退出を促すのが目的とも言われている。いわば弱肉強食)。昨年のG20で提案されたように、インフラ投資による需要押し上げと生産性の改善は欠かせないだろうが、ODAや国際的な金融支援が大幅に拡大するとも考えにくい。
根底にあるディスインフレの圧力は根強く、弱肉強食のなかで世界経済回復への出口が遠のきかねない。原油価格の下落はそういうリスクをはらんでいるとは言えまいか。

コラム執筆:鈴木 貴元/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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