今年ももうすぐ終わりです。1年を振り返ると今年活躍した様々なスポーツ選手の顔が目に浮かびます。その中でも特に筆者の印象に残っているのは、男子テニスの錦織圭選手の大活躍です。ただ、率直に言えば、錦織選手のどこが凄いのか、また近年の躍進の原動力は何なのか、というのが未だによく分かりません。そこで来年も錦織選手の活躍を楽しむべく、各種データから錦織選手躍進の秘密を探って見ることにしました。尚、本稿の分析では、試合数やサーフェス(コートの種類)の違いは考慮していません。また紙幅の制約もありテニスのルールについては説明していませんので、テニスに詳しくない方は図表を飛ばして読んで頂いても構いません。
1.錦織選手の本来の強味はリターン力。今年の大躍進の原動力はサービス改善
図表1は2013年と2014年の錦織選手のプレイに関する主要統計を比較したものです。統計は大きくサービスゲーム時の統計と、リターンゲーム時の統計に分類しました。まずはっきり分かるのは、錦織選手が元来有している、リターンゲーム時の強さです。2ndサービスリターン後得点率やブレイクポイント奪取率、リターンゲーム奪取率は2013年の時点で既にトップ10入りしていました。図表2に錦織選手と世界ランキング上位3選手の比較を載せましたが、錦織選手はリターンゲームを得意とするジョコビッチやナダルに近い選手のようです。
次に2014年の大躍進の原動力を挙げると、やはりサービスです。2013年には全体で79位だったサービスエース数が、2014年には同35位まで上昇しています(但し1stサービスが入る確率は2013年18位⇒2014年26位に後退)。それに伴い、1stサービスが入った場合のポイント取得率も2013年38位⇒2014年24位に、2ndサービスが入った場合のポイント取得率も2013年24位⇒2014年14位に上昇しています。
2.今後は本来の強味であるリターン力を磨くべきか
それでは今後、錦織選手は更に上を目指すに当たってどのように進化していくべきなのでしょうか。錦織選手が見習うべき現在の世界トップ3(3人とも世界No.1経験者)の成長の軌跡を見てみましょう。No.1を経験した3人に共通しているのは、No.1になった時点で、サービス時・リターン時いずれかの平均順位が1桁であることです。では錦織選手はサービス・リターンいずれに力を入れるべきなのでしょうか。統計だけから判断するなら、リターンでしょう。図表3に登場する上位3選手を見ると、トップ10入りしてからNo.1になるまでに、サービス時平均順位よりもリターン時平均順位が大きく改善しているのが分かります(ナダル選手はトップ10入りした時点で既にリターン時平均順位がトップクラスだったのでほぼ改善の余地がありませんでした)。ここから先はテニス素人の印象論ですが、サービスは先天的かつ身体的な要因に大きく左右される技術と思われ、25歳を過ぎて大きな改善は見込めないのかも知れません(実際、同じアジア系のトッププレイヤーだったマイケル・チャン氏も、サービスエース数のピークは24歳の時に記録した年間534本でした)。従って、来年以降、錦織選手がNo.1を目指すに当たっては、既にハイレベルにあるリターン力に更に磨きをかけることになると思います。
3.マイケル・チャンコーチに見る高いマネジメント力
このような錦織選手の躍進は、企業経営とも重なって見えます。2013年後半に錦織選手のコーチに就任したマイケル・チャン氏は、錦織が2013年通年で130本しかサービスエースを取れていないことに驚いたそうです。なぜなら錦織選手より背の低いチャン氏(175cm)でも、現役時代は年間最多で534本のサービスエースを奪っていたからです。おそらくチャン氏は、錦織選手のサービス技術が相対的に低く、それゆえに改善すればすぐに成果が出ると気付いたのでしょう。企業経営に例えれば、まずは出血を止めるような措置と言えます。そして手の届く低いところにある果実を収穫させることで、錦織選手に勇気と自信を与え、チャン氏に対する信頼を勝ち取る効果も狙っていたのでしょう。そして来年以降、チャン氏は錦織選手との信頼関係という資産をベースに、本質的な錦織選手のレベルアップ、企業に例えればその強味を磨くことに注力をはじめるのではないでしょうか。先に述べた通り、それは錦織選手の本来の強味であるリターン力の強化であると思います。
多くの経営者が指摘するように、団体競技である野球やサッカーは人間関係や経営の勉強になります。しかし一般に経営者があまり注目しない個人競技にも、コーチと選手という人間関係があります。そういう意味では団体競技だけでなく、急激に躍進する個人競技の選手にも注目することで、我々は組織運営についてより多く学ぶことができるのではないでしょうか。
<余談>
筆者が気にしているのは錦織選手の年齢です。多くのテニス解説者は敢えて言及しませんが、1973年以来世界ランキング1位になった選手25人の多くは19-21歳でトップ10入りしています。錦織選手は24歳で世界トップ10入りしましたが、24歳以上でトップ10入りしその後世界1位になったのは、イリー・ナスターゼ(ルーマニア:1973年に26歳で世界1位に)、ジョン・ニューカム(豪:1973年に29歳で世界7位に。その後30歳で世界1位に。)、パトリック・ラフター(豪:1997年に24歳で世界3位に。その後26歳で世界1位に。)の3人しかいません。3人のうち初めの2人は現在のランキング制度が出来た当時のプレーヤーですので、ランキング入りが遅くなって当然であり、そう考えると24歳でトップ10、その後No.1になったのは実質的にはパトリック・ラフター1人です。そういう意味では錦織選手は今後時間という強敵との戦いをも強いられるわけです。しかし統計が全てではありません。錦織選手のコーチのマイケル・チャン氏は17歳3ヶ月という史上第2位の早さでトップ10入りした(因みに第1位はアーロン・クリックステインの17歳11日)にもかかわらず、No.1になれなかったという例外もあります。
錦織選手はこれまで不可能とされてきた多くのことを成し遂げてきた選手です。2015年の錦織選手には統計を吹っ飛ばすような大活躍を期待したいものです。
コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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