・中国主導のBRICS開発銀行、誕生で合意
7月15日、ブラジル・フォルタレザで開催された「BRICS5カ国第6回首脳会議」において、BRICS5カ国は、「新開発銀行(通称:BRICS開発銀行)」(資本金500億ドル)と「緊急対応準備金」(以下「準備金」、資金規模1000億ドル)の設立に関する取り決めに調印した。設立されれば、91年の欧州復興開発銀行(EBRD)以来の多国間融資機関の設立となり、先進国でなく、新興国が主導する設立としては初めてとなる。新開発銀行は、16年にも融資を開始する模様だ。
新開発銀行の構想は、12年に中国が打ち出し、13年3月の第5回首脳会議で大筋合意し、今回の第6回首脳会議で正式合意に至った。構想からたった2年、スピード合意であった。ここでは中国のリーダーシップと各国への配慮があちこちでみえた。
新開発銀行については、5カ国が均等に出資する形となり、本部は上海となった。一方、中国は各国に配慮し、南アフリカには「アフリカ地域センター」を設立することとなった。また、頭取を輪番制(インド、ブラジル、ロシアの順)とし、初代頭取にはインド人を登用することとなった。さらに、7年以内に1,000億ドルまで増資すると決定されたが、5カ国は出資比率55%以上を維持するとされ、45%までの範囲で他の新興国に出資の窓口を開いた。すでに7月16日に、タイのプラサーン中銀総裁が創設メンバーに加わる意向を表明しており、10月または11月に、基本合意書に調印する見込みとなっている。タイは、有利な条件で財政支援を受けることを期待しており、このような動きは広がっていくとみられている。
準備金については、1,000億ドルのうち、中国が410億ドル、インド、ブラジル、ロシアが各180億ドル、南アフリカが50億ドル拠出することが決まった。これに対応して、引出額の上限は、中国が拠出額の半分の205億ドル、インド、ブラジル、ロシアが各180億ドル、南アフリカが拠出額の倍の100億ドルと決まった。
・合意の背景に、中国の経済力と発言力への期待
新開発銀行と準備金の設立には、他の参加国から警戒があった。それにもかかわらず、スピード合意に至ったのは、中国の経済力が期待されたこともあるが、中国が新興国の不満を代弁していたことも大きい。例えば、7月16日に採択された第6回BRICS首脳会議「フォルタレザ宣言」では、新興国のIMF出資比率を引き上げる一方、欧米の出資比率を引き下げる要求が盛り込まれた。BRICSは世界人口の42%、世界GDPの21%を占めるが、IMFは先進国の独壇場だ。BRICSの役割と権利は規模に比較して著しく小さい。
7月17日の人民日報は、「新開発銀行の機能は、世界銀行に相当し、途上国の発展のために資金援助を提供する。準備金の機能は、IMFに相当し、BRICSが突発的な金融事件に対処するための資金を提供する」と、世界銀行やIMFを補完するものとしつつも、新開発銀行と準備金は、「西側の独占を打破し、公平・公正かつ合理的な世界の経済秩序を打ち立てる上で重大な政治的意義を持つ」とも報じた。経済力の強い中国が新興国の不満を代弁することに、新興国は期待しているのである。
・中国の目的は、中国の経済・金融の安定、そして国際政治における影響力の拡大
中国の新開発銀行と準備金に対する思惑は2つある。
第1に、新興国向け輸出の下支えによる中国経済・安定である。中国経済は、構造転換期を迎えるなか、大枠では輸出主導型経済から内需主導型経済への転換が目論まれている。とはいえ、輸出もなお期待されており、14年の輸出伸び率の見通しは前年比+7%と、決して低くない。増加が期待されているのは、地場企業による輸出であり、輸出の中身は、外資企業によるものとやや異なり、家電、衣料などの消費財に加えて、工作機械、建設機械、通信機器などの資本財が多い。地場企業による製品は、品質や販路も含めてみると、外資企業による製品ほど競争力がない。そのため、品質への要求が低く、市場が成熟していない新興国向け輸出は、中国の輸出にとって丁度良いターゲットとなっている。新開発銀行による融資は、新興国の資本財の輸入を刺激するほか、成長率の押し上げを通して輸入全般を押し上げる(さらに対中向け資源・エネルギー輸出の余力も拡大する)。これに対する中国の期待は大きい。
また、貯まった外貨準備の負担軽減、金融の安定への寄与も期待されている。中国の外貨準備は、14年6月末現在、世界の3分の1の3.99兆ドル。米国国債の保有残高は、同年5月現在、1.3兆ドルに達している。この巨額の外資資産は、経常収支黒字と海外からの資本流入によるものだが、今中国は外貨資産の有効な活用と為替リスクの分散を模索している。これまでの実績をみると、①外貨準備の運用におけるドルから他の通貨へのシフト、②人民元レートの切り上げなどを通した経常黒字縮小、外国資産獲得(対外直接投資)の推進、③人民元の国際化などが行われている。新開発銀行と準備金の創設は、国際金融におけるプレゼンスの改善のみならず、外貨準備の有効活用、人民元の利用促進などが見込まれ、これまでの取り組みを補完するものと考えられている。
第2に、国際政治における影響力の拡大である。近年中国は、要人歴訪、中国版ODAなど外交・協力の積極化に加えて、既存の国際的枠組みにおけるリーダーシップの発揮を鮮明にしている。例えば、92年に、カザフスタンの提唱で発足した、中東・中央アジアの安定のための「アジア信頼醸成措置会議(CICA)」は、今年5月、中国が議長国となるなか、中国とロシアによる安保機構の様相をみせたこと、長年懸案となっていた中国のロシアからの天然ガス輸入で合意する場となったことで世界を驚かせた。
また、中国・ASEANサミット、上海協力機構、中国・アフリカフォーラム、中国・中南米・カリブ諸国共同体フォーラムなど、各新興地域との対話の枠組みを固めてきており、経済協力を通して影響力を強めてきている。
新開発銀行の設立は、こうした中国の外交・協力を資金面から支えることとなろう。特にアジアでは、13年10月の習近平主席の東南アジア歴訪で、①新開発銀行をさらに補完するものとして「アジア・インフラ銀行」の創設、②「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」の15年末妥結などが提案されたように、我が国の外交・通商に大きな影響を与えかねない動きもみられる。
ここでの留意点は、こうした動きが多くの新興国に支持されていることである。中国による資金支援・開発、為替安定、先進国に対するけん制は、支援の質の問題、中国依存への懸念など100%受け入れられているわけではないが、先進国発のバブルの悪影響や国情に合わない改革圧力などを被ってきた新興国にとって受け入れやすいところも多い。新開発銀行のインパクトは、既存の国際機関の在り方、ひいては国際秩序に影響を与える可能性が高く、動向に注意が必要だ。
コラム執筆:鈴木 貴元/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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