1.忘れてはいけないロシア経済の健全性と復元力

ウクライナ問題に関連する欧米からの制裁がロシア経済に影響を与えています。既に固定資本投資・消費者物価・輸入に明らかに悪影響が出ており、2014年Q1のロシアの実質GDP成長率は前年比+0.9%、同前期比は▲0.5%まで落ち込みました。簡便な景気後退の定義は「2四半期以上連続で実質GDP成長率が前期割れする」ですが、2014年Q2の実質GDP成長率も前期割れとなれば、ロシア経済は景気後退に陥ったということになります。

それではこのままロシア経済は長期停滞に陥るのでしょうか。もちろんロシアがウクライナ問題に更に深く関与して欧米の制裁が強化されたり、あるいはウクライナ経済が極度に落ち込んだりした場合、ロシア経済が更に大きく落ち込む可能性は大いにあります。しかし、7月現在の状況を見ると、ロシアがウクライナ問題に更に深く関与し、欧米が対ロシア制裁を強化する可能性は相対的に低下したようです(もっともロシアとは無関係に、ウクライナ国内情勢が更に悪化することはあるかもしれないが)。ロシアの株式市場や為替市場は、早くもクリミア危機以前の水準まで戻しています。ロシア経済は強い復元力を有しており、その根源にあるのは経済の健全さです。

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1998年のロシア金融危機は未だに記憶に新しいところですが、それを教訓にこの15年間でロシア経済は見違えるほど健全性を増しています。図表1は世界の200弱の国々について、財政収支・一般政府債務残高・経常収支を算出し、その中でのロシアとG7・Fragile5(経済構造が脆弱とされるブラジル・インド・インドネシア・南アフリカ・トルコの5ヶ国)の位置付けを順位で示したものですが、ロシア経済の健全さはFragile5はもとより、G7と比較しても遜色ありません。今回のクリミア併合に伴う財政支出増加に際しても、ロシア政府は従来の財政法を変えることなく財政規律を守りました。逆に言えば、ロシア経済に危機が訪れるとすれば、それは財政規律の破綻から始まるのではないでしょうか。外貨準備高も豊富です。昨年末からのルーブル安やウクライナ問題を受けて、外貨準備は600億ドルほど減少しました。しかし6月末現在では4,320億ドルと8ヶ月ぶりの前月比増加に転じました。これは輸入15ヶ月分にあたる金額であり、通常輸入3~6ヶ月分あればよいとされる外貨準備としては十分過ぎる厚みです。加えてロシア政府には外貨準備以外にも準備基金・国民福祉基金という名目で約1,500億ドルの蓄えがあります。クリミア危機後のロシアの為替・株価の急激な戻りの背景には、同国経済の健全さに裏付けられた復元力があるのです。

ロシア経済発展省が2014年5月20日にホームページで公開した実質GDP成長率の見通し(標準シナリオ)は、2014年+0.5%(14Q2まで実質GDP成長率が前期割れするという前提)、2015年+2.0%、2016年+2.5%、2017年+3.3%となっており、これに基づいて2015-2017年の3ヶ年予算が策定される予定です。直近のIMF経済見通しは2014年+0.2%、2015年+1.0%です。若干の差はあるものの、ロシア経済は2014年も通年ではプラス成長を維持するという見方は共通しています。

2.市場として、資源供給国として、ロシアは重要

それでは長期的なロシアビジネス展望はどうでしょうか。長期経済を見通すにあたって大切なのは歴史の教訓です。1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻に際し、米国(カーター政権)は西欧諸国と日本に対し、対ソ経済制裁措置に同調することを強く求めました。日本(大平政権)は米国の要請を受け入れ、シベリア開発プロジェクトの交渉延期・ソ連向け日本輸出入銀行融資案件の受付停止・ココム(共産圏輸出統制委員会)禁輸の厳格な実施、を決めました。しかし、西欧諸国は米国に同調せず、特に70年代を通じて対ソ貿易額が第1位だった西ドイツは「対ソ経済制裁により10万人の雇用が失われる」とし、政経分離の原則を貫きました。結果、日本企業の対ソ商談は80年から完全にストップし、ソ連ビジネスは軒並み西欧諸国にさらわれました(しかし、その後日本も西欧諸国の行動に追随し、1980年末までに「対ソ大口径鋼管輸出向け輸銀バンクローンの停止措置」などの対ソ経済制裁はなし崩し的に緩和された)。同様の対ソ経済制裁措置はレーガン政権でも実施されましたが、この時も欧州企業は米国に同調せず、ソ連ビジネスを続け、最終的にはレーガン大統領が対ソ経済制裁解除に追い込まれています。この歴史が教えてくれるのは、「有望なビジネスは簡単には止まらない」という現実です。

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数字の上でもロシア市場は有望です。図表2はIMFの今年4月の予測に基づいて、世界約200ヶ国の市場拡大規模を計算したものです。03-13年の実績で上位6ヶ国がBRICs+日米となっているのは当然として、13-19年の予測でもBRICs+日米が概ね上位を占めています。昨今、BRICsの景気減速が叫ばれ、「BRICsは終わった」との見方もあります。確かに、利回りを追いかける金融市場の見方はそうかもしれません。しかし実需を追いかける企業にとっては、やはり市場拡大規模が重要であり、その観点から言えば依然BRICsは有望市場なのです。

また仮にロシア経済が失速し、市場規模が拡大しなくても、ロシアは資源供給源として大いに魅力的です。2014年5月22日からサンクトペテルブルクで開催された国際経済フォーラムには、西側政府の自粛要請にもかかわらず、BP・Total・Royal Dutch ShellからはCEOが、ExxonMobilからは副社長が参加しました。また、ExxonMobil のCEOは6月16日の世界石油会議モスクワ大会で講演し、ロシア重視の姿勢を強調しています。これらの事実は、ロシアと欧米のエネルギーを通じた紐帯の強さを感じさせるものです。現在、欧州を中心にロシア産天然ガスに対する依存度を引き下げる議論が巻き起こっていますが、それに伴うコスト上昇や国際競争力の低下を考えれば、現実的ではありません。問題解決の本質とは、ウクライナを経由する天然ガス供給量を減らしていくことであり、実際そのためのパイプライン建設計画は粛々と進んでいます。このように一連の政治的摩擦下においても、ロシアビジネス、特に魅力的なエネルギービジネスは動き続けるとみています。

コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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