わが国の電力需要を「できるだけ」再生可能エネルギーで賄うべきだということについては、異論はないところだろう。しかし、再生可能エネルギーで大半を賄うべきだというアイデアは、太陽光や風力による発電量が不安定で予測不可能なこと等を根拠に、わが国では非現実的だとみなされている(理由のひとつとして、電力供給の安定化のためには、太陽光・風力の発電設備容量と同容量のガス火力発電所か、5割の容量の蓄電池をスタンバイさせておく必要がある、と言われている)。しかし、EUは「20-20-20戦略」の下、2020年までに、温室効果ガス排出を1990年比で20%削減し、総エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの比率を20%に引き上げるとともに、エネルギー効率を20%高める目標を掲げている。昨年すでに総発電量に占める再生エネルギー比率が20%を超えたドイツの目標値は2020年は35%、2050年は80%となっており、再生可能エネ(太陽光と風力のみ)100%で電力需要を賄えるとのシミュレーションさえ現実的なものとして議論されている。

不安定な自然エネルギーに大きく依存することが可能になるのは、FIT等を通じた積極的な再生可能エネルギー導入策だけでなく、電力が余った際の貯蔵技術の研究開発も進んでいるからである。太陽光発電に付設する蓄電池に対する補助金も拡充されつつあるが、最も有望と思われるのは余剰電力で水を電気分解して水素を作って利用するPower-to-Gasシステムの実用化であろう。製造した水素は、基本的にはCO2を還元してメタンガスを製造することに使用し、そのガスを一般の天然ガス網(グリッド)に流し込む(販売する)ことが確実な活用法として考えられている。

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これが広く可能になれば、わが国が高値で輸入している感のある天然ガスの一部を国内で調達できるようになることを意味し、天然ガス市場での価格交渉力を強化する意味でも望ましいだろう。ただし、CO2を還元してメタンを生産するプロセスの効率・採算が課題で、CO2を直接削減できる効果とのセットで採算を考える必要がある。

そこでコストの高いメタン合成をせず、製造した水素をそのまま大規模発電や燃料電池車の燃料として利用しようという検討も進んでいる。電気分解で1m3の水素(参考価格約70円)を製造するのに5kWhの電力(仮に1kWhあたり15円とすれば75円)が必要となるが、余剰電力を使用すればそのコストがかからないからである。一方で、輸送・貯蔵のコスト高は難題で、水素吸蔵合金や化学物質(有機ハイドライド)の研究等がわが国でも永らく行われているが、ブレークスルーには至っていないようである。また、欧米で安全性が認められている水素スタンドをわが国に導入しようとすると、「過剰なまでの」規制に対応しなくてはならないため2倍以上のコスト(注1)がかかるとも言われており、政府がようやく抜本的な規制合理化に着手したところである(注2)。

わが国での水素利用が研究・構想ステージにとどまっているのに対し、EUでは大胆な発想で水素社会を実現しようとする社会的実証試験が進んでいる。水素をそのまま天然ガス網に流し込み、ガス燃料の一部として供給する他、ニーズがあるなら需要家側で水素を再抽出して利用すればよい、というもので、混合率を20%程度に上げてもガスパイプラインを始めとする既存インフラへの影響はない、との研究(NatruralHyプロジェクト(注3))成果が出されている(注4)。水素の純度をわざわざ低下させるこのアプローチは過渡的な解決策だろうが、水素スタンドの場合、ガスの配管を通じて水素の供給を常時受けられるため、大きな貯蔵設備を備える必要がなくなり、大幅なコストダウンが可能になるかもしれない。輸送・貯蔵技術の実用化を待つことなく水素スタンド展開が進めば、「鶏と卵」の問題が避けられ、燃料電池車の普及につながる可能性がある。

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以上のように余剰電力を水素やメタン等の有用ガスに変換して貯蔵できるPower-to-Gasの体制を整えれば、電力系統の受入限界や安定供給への不安に縛られずに再生可能エネルギーの導入を加速することができる。わが国の電力需要の大半を自然エネルギーによって賄えるようになる日が本当に来るのかもしれない。

注1)1カ所あたり約6億円で、ガソリンスタンドのコストの約3倍

注2)「規制改革に関する答申 ~経済再生への突破口~」(平成25年6月5日 規制改革会議)

注3)http://www.naturalhy.net/

注4)わが国でも昔の都市ガスには水素が20%程度含まれていた

コラム執筆:松原 弘行/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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