現在のプレゼンテーション・ツールのデファクトスタンダードは、マイクロソフト社のパワーポイント、略称パワポ。このパワポはもともと米Forethought社が1987年にMacintosh用に開発したソフトで、のちに米Microsoftが同社を買収したものである。私が米国のビジネススクールに留学していた1992年頃には、授業でパワポが使われ始めており、フロッピィディスクで提供されていたMac用の英語版のパワポを購入して興奮気味に日本に持ち帰ったのを今でもはっきり覚えている。
一方、我が国では、企業のプレゼンでソフトが使われるようになったのは1995年にWindows95が登場してしばらくしてから。高校以下の教育現場については、プロジェクターないしタブレット端末といったICT機器が普及していない問題もあるのか、いまだに日常の授業で活用されているとは言えない。政府のフューチャースクール推進事業(注1)で、まだ「小学校10校、中学校8校、特別支援学校2校を対象に、文部科学省「学びのイノベーション事業」と連携し、クラウド・コンピューティング技術を活用したデジタル教材(教科書)等の提供を行うとともに、タブレットPC(全児童生徒1人1台)やインタラクティブ・ホワイト・ボード(全普通教室1台)、無線LAN等のICT環境の利活用を推進。」とされていることからも、プレゼン・ソフトや機器はまだまだ普及していないことが窺われる。
さて今回は、最近シリコンバレーを中心に世界で注目されているプレゼン・ソフト「Prezi(注2)」について、同社の日本担当エバンジェリスト奥田氏の話を聞く機会があったので紹介する。このソフトは、ホワイトボードか黒板を想わせるホーム画面に文字や画像などのフレームを配置して、順次ズーム・イン/アウト(+回転等の動き)するだけのシンプルなもの。このズーム機能だけで、資料に不思議な奥行き感が出て、読者の視点を誘導し、プレゼンの中にぐいぐいと引き込んで行くことができる。「DNAはRNAに転写され、それがタンパク質に翻訳されて人体を形作っている」という片向き矢印のような流れのプレゼンならページめくり感覚のパワポ的なソフトが便利だが、複線型やピラミッド型の論理構成のプレゼンでは、Preziを使って全体の流れを俯瞰的に示しながら、各論にズーム・インするほうが、直感的に理解させやすい。
図:Preziを使った効果的なズーミング・プレゼンテーション
(出所:日本シスコシステムズ合同会社のカンファレンスで発表されたプレゼン(http://prezi.com/oqgoejdxdgz2/presentation/)のスクリーンショットを用いて、丸紅経済研究所が構成)
Preziを開発したのはAdam Somlai-Fischer(芸術家)、Peter Halacsy(コンピュータ科学の準教授)、Peter Arvai(起業家)の3人のハンガリー人による異色チーム。現在は本社を米国サンフランシスコに移しており、Twitterの創業者Jack Dorseyをアドバイザーに招いていることでも注目されている。登録ユーザー数は今年4月末時点で世界2,300万人を超えており、iPhone/iPad版のPreziアプリも既に200万ダウンロードを超えている。米国では教育機関の他、フォーチューン500社の内、75%の大企業で採用があり、また、韓国でも、昨年の大統領選挙では双方の陣営がPreziを使ったプレゼンを行ったことで話題になった。日本語版は2012年末に投入され、我が国でも既に、TerraMotors(注3)といった新進気鋭の企業がPreziを使って印象的な企業プレゼンを行っている。
(写真) Preziの魅力について語ってくれた日本担当エバンジェリストの奥田氏
我が国の教育現場に話を戻せば、ホワイトボード/黒板をイメージさせるPreziが、プレゼン・ツールとしてはまさにうってつけである。Preziのズーミング・プレゼンテーションは、板書の済んだ広い黒板の前を教師が移動しながら、板書の一部分に生徒の視線を集中させるのと、本質的に同じである。プレゼン・ソフトが高校以下の授業に普及しなかったのは、ICT設備の問題はさておき、そもそも板書に近いプレゼンを可能にするこうしたソフトこそが待たれていたのではないだろうか。Preziのような新しいプレゼン・ツールが契機となって教育現場へのICT導入が進み、我が国の教育効果がレベルアップすることに大いに期待したい。
注1)本年3月1日内閣府発表「ICTによる成長戦略(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/pdf/kondankai1_3.pdf)」より。
注2)2009年にハンガリーで創業(http://prezi.com)。ソフトは基本的にクラウド上で使用し、データもクラウドに保管するため、その軽快さを好むユーザーも多いという。
注3)電動バイクの製造・販売を行う日本発の世界的ベンチャー(http://www.terra-motors.com/jp/)。Preziを使った同社の広報資料(http://prezi.com/user/terramotors/)は秀逸。ぜひご覧いただきたい。
※パワーポイント、Windows95、Macintosh、Prezi、その他記載している製品名・会社名は、それぞれの会社の商標もしくは登録商標です。
コラム執筆:松原 弘行/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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