近年、取引所の再編が相次いでいます。2012年7月、かねてから身売り話のあったロンドン金属取引所(LME)を香港取引所(HKEC)が買収することで合意し、12月に買収が完了しました。2012年12月には、インターコンチネンタル取引所(ICE)によるNYSEユーロネクストの買収が発表されました。成立すれば、時価総額で香港取引所、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループに続く世界第三位の巨大取引所グループが誕生します。日本でも、2013年1月、東京証券取引所と大阪証券取引所が経営統合して、日本取引所グループが発足しました。
これらの再編の背景には、取引所間の競争激化があるといわれています。近年、取引所を取り巻く環境は急激に変化しています。世界的な金融に関する規制緩和、金融技術の発展によるデリバティブ商品の台頭、電子取引などITインフラの高度化によって、資金の流れがグローバル化しました。それに伴い、収益性に陰りがみられるようになった伝統的な取引所は生き残りをかけて、また、収益を伸ばしている取引所もグループ同士の競争を有利に進めるため、戦略的な統合が進められていると考えられます。
ICEによるNYSEユーロネクストの買収は、まさにその縮図といえます。NYSEユーロネクストは200年超の歴史がある世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引所(NYSE)を傘下に持ちます。2011年9月までの一年間でみると、NYSEユーロネクストの売上高はICEの3倍弱と圧倒的な規模ですが、純利益はICEの8割以下です。しかも、NYSEユーロネクストの売上高は2008年をピークに減少しています。デリバティブ商品と電子取引が活発化する中、伝統的な市場であるNYSEは取引シェアを落とすだけでなく、システム投資の負担増も重荷となっていました。取引所の収益の中心がデリバティブに移行する中、株式を中心とする伝統的な市場は、もはや単独での生き残りは難しかったようです。
一方のICEは2000年に設立された新興の取引所です。ブレント原油に代表されるエネルギーの取引で存在感をもつ世界最大の電子取引所で、国際市況商品の他、為替先物などのデリバティブ事業を展開しています。ICEは合併を繰り返しながら、電子取引とデリバティブを軸に収益を拡大させてきました。2001年にロンドン国際石油取引所(IPE)を傘下に収めたICEは、石油市場をそれまでの立会い取引から電子取引を主体とする市場へ移行させました。IT技術の発達による資金のグローバル化の流れを迅速にとらえ、商品取引の構造変化を成し遂げたのです。ICEはその後も2007年にニューヨーク商品取引所(NYBOT)およびカナダのウィニペグ商品取引所(WCE)を、2010年には米欧に取引所を持つ気候取引所を買収するなど、大型合併を繰り返しながら取り扱い品目を拡大し、売上高と収益を拡大してきました。
ICEは今回の買収によって、4.5億ドルのコスト削減と、15%の追加利益が見込めるとコメントしています。収益の増加は、手数料の引き下げやシステムへの追加投資などを可能にし、顧客の増加につながります。また、NYSEというブランドや、NYSEユーロネクスト傘下で欧州第二位のデリバティブ取引所であるロンドン国際金融先物取引所(LIFFE)を手に入れることで、あらゆる商品を世界規模で顧客に提供する取引所への飛躍が見込まれます。
そして、この合併は、デリバティブ分野で世界最大の取引所であるCMEグループを追撃する動きであるという見方もされています。世界最大の金融・商品・デリバティブ取引所であるシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループも、取引所の再編によって拡大してきました。CMEグループは、2007に農産物取引で最大のシカゴ商品取引所(CBOT)をICEと壮絶な買収合戦を繰り広げた末に買収しました。2008年にニューヨーク商業取引所(NYMEX)を買収し、2010年にはダウ・ジョーンズインデックスを傘下に納めました。最近では、2012年にカンザスシティー商品取引所(KCBT)の買収を発表しています。ICEによるNYSEユーロネクストの買収が、更なる再編の呼び水となるかもしれません。
一方、ロンドン金属取引所(LME)は香港取引所(HKEC)による買収を選びました。実は、LMEに対しては、CMEグループ、ICE、NYSEユーロネクストなど、主要な取引所が買収を提案していました。LMEは、世界の非鉄金属の先物・先渡し取引の8割を取り扱う、非鉄金属市場において圧倒的な取引所です。商品デリバティブの規模拡大を狙うCMEグループやICEによる買収が有力と見られていましたが、LMEが選んだのは香港取引所でした。理由は、香港取引所が提示した買収提案価格が高額であったことが大きいようですが、他にも世界の非鉄需要の4割強を消費する中国の取引所の傘下に入ることで、中国市場における影響力を高めるという狙いがあったと見られています。背景には中国の需要拡大に伴って、非鉄金属における上海先物取引所(SHFE)の存在感が高まっていることに対する危機感があったようです。また、LMEはロンドン最後の立会い市場であり、会員が使いやすい数々の独自のシステムを保持しています。電子取引市場も持ってはいますが、CMEやICEの傘下に入ることによって想定される、過度の電子化や効率化が進むことに対する参加者離れを懸念したという声もあります。
香港はかつての宗主国である英国のLMEを傘下におさめることになりましたが、2010年に合意していたシンガポール証券取引所(SGX)によるオーストラリア証券取引所(ASX)の買収は、オーストラリア政府が「国益を損なう」と反対したために実現しませんでした。ナショナリズムや独占禁止法などから統合が破談となるケースもありますが、今後、台頭するアジア市場が世界的な再編の波にさらされる可能性も否定できません。資金は投資家にとって「使いやすい」市場に集まります。世界的に物理的なハードルは下がっており、アジアを含めて、取引所の再編は今後も続くことが予想されます。
コラム執筆:村井 美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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